窓ガラスに映った社員証
仁科芽衣のファンアカウント「火花の六番」が拡散された翌朝、見知らぬ人から会社へ電話がかかってきた。
きっかけは一枚の写真だった。アイドルFlare Sixの新衣装を祝うため、カフェで赤いケーキを撮った。窓ガラスに社員証が小さく反射していたらしい。誰かが画像を拡大し、勤務先と本名を突き止めて投稿した。
芽衣は更衣室でアカウントを消そうとした。趣味を知られた恥ずかしさと、自分の不注意への怒りで、指がうまく動かない。
そこへ総務の橘川が来た。芽衣は謝ろうとしたが、相手は先に言った。
「会社に迷惑をかけた、は後で考えます。今はあなたの安全です」
受付には個人情報を答えないよう周知し、公開されていた社員紹介ページを一時的に下げ、帰宅時は警備員が駅まで同行する。会社はファン活動を問題にせず、特定行為と嫌がらせを記録した。
オンラインの友人たちも、拡散された画像を引用せず、通報窓口だけを共有した。誰かが善意で「この会社ではありません」と別の場所を挙げかけたときは、それも新しい手掛かりになると止めてくれた。守るために騒がないこと、正しさを証明しようと個人情報を足さないこと。芽衣は怖さの中で、静かな連帯の形を見た。
同僚たちにも詳細は伝えられなかった。ただ、隣席の先輩は芽衣の震える手を見て、赤いケーキの箱をそっと閉じた。
「恥ずかしいのは、好きなものじゃなくて、人を探し当てて怖がらせるほう」
三日後、投稿は削除され、電話も止まった。芽衣は過去写真を一枚ずつ確認し、位置情報を消し、窓や鏡の反射を見直した。
それから「火花の六番」を再開した。顔も本名も出さない。けれど、消えて戻った理由だけは書いた。
〈私は不用心でした。でも、存在してはいけなかったわけではありません〉
赤いケーキの写真は載せ直さなかった。代わりに、箱を開く自分の手だけを撮った。
傷はまだ残っていた。それでも火花は、誰かに消された跡ではなく、自分で灯し直した六番目の光になった。