竜舎の静かな飼料薬
グンナーの丘には、竜のための薬草樽が十二個ある。
朝露が溜まると樽の底の羽根が回り、骨を強くする石灰草、鱗を艶やかにする油実、胃を整える苦根を自動で混ぜる。竜の首輪から届く体温と食欲の記録に合わせ、濃さも変わる。完成した飼料薬は地下管を通り、近隣の飼育場へ送られる。
グンナー自身は、竜舎へ走らなくていい。
王立飛竜隊で厩務長補佐だった頃、厚い革服は翼の風に擦れ、胸当ての縁で布が裂けていた。夜中の産卵、早朝の訓練、鱗替わりの発熱。何かあれば『竜は待てない』と言われ、彼の睡眠だけがいつも待たされた。辞めた後も伝声笛には『第三竜拒食』『至急帰隊』が未読で残っている。
昼、いちばん大きな樽が低く鳴った。
《飼育場六か所へ供給完了。調合管理料を受領》
丘の家と畑を維持し、週に一度肉を買える額だった。グンナーにはそれでよい。王都で高給を得ても、食べる前に呼び出される肉は冷たかった。
伝声笛が甲高く鳴る。
『明日、全竜の鱗検査だ。若い厩務員では暴れる。戻って押さえろ』
元厩務長の声だった。
「薬は届いています。検査は人員を増やしてください」
『お前なら一人で四頭見られた』
「だから四人雇わなかったんでしょう」
『竜を見捨てるのか』
グンナーは丘の向こうを飛ぶ影を見上げた。
「竜は好きです。好きだから、私を鎖にする言い訳に使わないでください」
笛の穴へ蝋を詰めると、声は止まった。薬草樽は静かに回り、遠い竜舎へ必要な分を送り続ける。
丘の樽は、竜が薬を残すと次回の量を減らす。食欲が戻れば薄くし、元気なら何も送らない。グンナーが王立隊で提案したときは、《余らせるほど備えるのが忠誠》と却下された。余った薬を捨て、足りない人手を残業で埋める。そんな忠誠は誰も健やかにしなかった。今は竜の体調も、彼の睡眠も、数字に合わせて守られる。必要ない日は何もしないことまで、立派な管理なのだ。
グンナーは草の上へ大の字になった。竜を見上げる仕事ではなく、雲の形を当てる遊びをしながら、そのまま午後の眠りへ落ちていった。