笑顔の使用期限

菜月は、寄付ページに使う写真をいつも伏せて置いた。

「本人の署名がまだです」と、撮影日時まで赤字で書く。困っている人を助ける仕事なのに、書類ばかり気にする。私は彼女の机から写真を取り、笑顔がいちばん大きいものを選んだ。

若者支援団体の広報として、私は共感を集めるのが得意だった。数字だけでは寄付は動かない。住まいを失った二十二歳の女性が、炊き出しで初めて温かいスープを飲んだ瞬間。その表情を見れば、誰だって手を差し伸べたくなる。

菜月は「顔出しは迷っている」と言ったが、締切は翌日だった。私は名前を仮名にし、背景をぼかして掲載した。寄付は一晩で目標を超えた。本人も、支援が増えれば喜ぶはずだ。

コメント欄には「勇気をもらった」「この子を守りたい」が並んだ。私は画面を保存し、菜月へ送った。数字より確かな同意がここにある、と添えて。

報告会で、菜月はキャンペーンの成果を自分の実績として発表した。

「企画と公開判断は、私の責任です」

手柄だけ奪い、面倒な調整をした私を消すつもりだ。

「写真を選び、文章を書いたのは私」

「だから責任者として止めます」

「もう成功しているのに?」

「本人から削除要請が来ています」

写真の女性は、逃げている家族に居場所を知られたくなかった。背景のぼかし越しに店の壁画が特定され、昨夜から連絡が相次いでいるという。

私は善意だったと説明した。寄付がなければ支援も続かない。少しの危険を理由に、全員の機会を失う方が無責任だ。

「同意書がありますよね」と私は言い、署名済みの用紙を出した。

菜月は黙って電子ファイルの情報を投影した。写真公開は火曜。私が同意書を作成したのは木曜。署名欄の画像は、以前の食事申込書から切り取られていた。

会場の後ろで、理事が外部調査を指示した。菜月は成果を自分の名で受け取ったのではなく、私が逃げられないよう責任の入口を塞いだのだ。

その笑顔の使用期限は、私が同意を取る二日前に切れていた。