第二ボタンの糸
司朗の学ランの第二ボタンは、三年間で七回取れた。
走って電車に乗ったとき。体育祭で引っぱられたとき。机の角に引っかけたとき。理由は毎回違ったが、縫い直すのはいつも鈴蘭だった。
「また?」
「ボタンのほうが俺を嫌ってる」
「雑に着るから」
「卒業まで持てばいい」
「そう言って一年から七回目」
鈴蘭は手芸部の裁縫箱から紺色の糸を出し、昼休みの窓辺で縫った。司朗は制服を脱ぐのを嫌がるので、着たまま作業する。鈴蘭の指が胸元へ近づくたび、司朗だけが妙に静かになった。
卒業式の日、教室では第二ボタンの話で騒いでいた。
司朗の胸元を見ると、そこだけ空いている。
「また取れたの?」
鈴蘭が訊くと、司朗は襟元を押さえた。
「今回は自分で取った」
「誰かにあげた?」
「まあ」
胸が小さく沈んだ。鈴蘭は笑うふりをして、卒業証書の筒を鞄へしまった。
「最後まで縫い方、覚えなかったね」
「覚えた」
「嘘。玉結びもできないくせに」
「昨日練習した」
司朗はポケットから、小さな透明袋を出した。中には第二ボタンが入っている。四つの穴には、紺色の糸が不格好に通されていた。糸の先には、小さな名札の布。
そこに「鈴蘭」と縫ってある。文字は曲がり、「蘭」の右側がつぶれていた。
「何これ」
「ボタンだけ渡すと、誰のかわからなくなるから」
「普通はわかるでしょ」
「俺は七回もなくした。信用がない」
鈴蘭は袋を受け取った。
「糸、長すぎ」
「切る場所がわからなかった」
「結び目も弱い」
「ほどけたら直して」
「卒業したら手芸室ないよ」
「じゃあ会う理由になる」
教室の外で、写真撮るぞ、と呼ぶ声がした。
司朗が先に廊下へ出る。学ランの胸には丸い空白があり、その周りに、鈴蘭が縫った古い糸の跡だけが残っていた。
鈴蘭は袋の上からボタンを押した。
取れたことばかり覚えていた。
けれど卒業式の日、初めて、取れたボタンが何かをつないだ。