答案は丸く眠る
笠懸俊は、学習塾で国語を教えている。
授業後は答案を持ち帰り、丸と線と短いコメントを入れる。子どもたちには「正解だけでなく、考えた跡も大事」と言うのに、自分の一日には点数しかつけなかった。
授業は予定どおりか。保護者への連絡は済んだか。合格実績へつながるか。
家には、ミニブタの答案がいる。
保護施設から迎えた桃色の雄で、紙の匂いを嗅ぐのが好きだ。答案用紙へ近づけないよう柵を置いているが、俊が採点を始めると、その向こうで鼻を鳴らす。
『先生』
「何だ」
『自分の答案は白紙だな』
「今日も働いた」
『設問一。今日、楽しかったことを書け』
「採点に関係ない」
『無回答』
答案の声は、鼻を鳴らす音に混じって心へ届く。
初めは疲労のせいだと思った。けれど毎回、言うことが妙にもっともだった。
十一月の夜、俊は模試の作文を五十枚抱えていた。
一枚ずつ丁寧に読むうち、時計は零時を過ぎる。
答案が柵の前へ座った。
『設問二。今日、食べたものを書け』
「昼におにぎり」
『一個』
「忙しかった」
『減点』
「採点が厳しいな」
『空腹の教師は、助詞にも怒る』
俊は赤ペンを置いた。
台所には南瓜が半分あった。薄く切って蒸し、答案には獣医師から教わった量だけ取り分ける。自分の分にはバターと塩を少し。
蓋を開けると、甘い湯気が立った。
二人で食べる。答案は一切れをゆっくり噛み、俊は熱い南瓜を口の中で転がした。
『設問三』
「まだあるのか」
『今日、笑ったこと』
俊は考えた。
授業中、「風情」を使って文を作る問題で、生徒が〈校長先生の頭には風情がある〉と書いた。注意しながら、教室中で笑った。
「一つあった」
『部分点』
「満点じゃない?」
『明日も書けるよう、余白を残す』
俊は残りの作文を翌朝へ回した。
赤ペンを片づけると、答案は柵の中の毛布へ丸くなる。豚の寝息は小さく、蒸した南瓜と乾いた藁の香りが部屋へ残った。
翌日から、俊は手帳の端に一行だけ書くようになった。
〈生徒が比喩を褒めてくれた〉
〈帰り道の月が丸かった〉
〈答案が水入れをひっくり返した〉
最後の一つは楽しくないと抗議すると、答案は心で言った。
『思い出して笑ったなら正解』
俊は丸を一つつけた。
赤ではなく、鉛筆の柔らかな丸だった。