紙の王冠を譲らない
九歳の奏汰は、舞台袖で金色の紙の王冠を抱えていた。
学芸会の主役、わがまま王子役。開演五分前、校長の息子である雅晴が手を差し出す。
「緊張してるなら僕が代わるよ。王冠、貸して」
前の人生と同じ台詞だった。
気弱だった奏汰は王冠を渡した。雅晴は「奏汰が逃げた」と説明し、主役を奪った。客席に来ていた児童劇団の演出家は雅晴をスカウトし、その後、彼は奏汰が考えた即興台詞まで自分の才能として語った。
奏汰は舞台に立つたび、逃げた子と呼ばれた。演劇部へ入っても主役を勧められるたび辞退し、台本を書く側へ隠れた。紙の王冠を渡す夢だけは、大人になっても何度も見た。
紙の王冠の内側には、自分で書いた台詞がびっしり残っている。練習で誰かが詰まるたび助けられるよう、全員分の台詞まで覚えていた。主役を演じる準備は、誰よりしてきた。
奏汰は一歩下がった。
「貸さない。緊張してるけど、僕の役だから」
雅晴は鼻で笑う。
「失敗したら学校の恥だよ」
「失敗も僕のものだ」
開演のベルが鳴った。
奏汰が舞台中央へ出ると、照明が突然消えた。前の人生では起きなかったことに心臓が跳ねる。雅晴が舞台袖で配電箱に触れているのが見えた。
真っ暗な客席がざわめく。
だが奏汰は未来で何度も思い返した、自分だけの台詞を知っている。
「王様になったのに、誰の顔も見えない。ならばまず、灯りを取り戻そう」
観客が静まる。
奏汰は王冠につけた蓄光の星を掲げ、共演者へ一人ずつ声をかけた。子供たちは筋書きにない返事を返し、暗闇のまま物語が続く。
復旧した照明が点いたとき、王子は家来に頭を下げる場面だった。
拍手が体育館を揺らす。
校長が配電箱の前で雅晴を見つけ、手にした抜かれたヒューズを取り上げた。
前の人生では終演後、雅晴の名が児童劇団の推薦欄へ書かれた。
演出家が申込書を持って舞台へ上がる。
王冠を見ているのではない。奏汰を見ていた。
「決められた台詞を言える子は多い。暗闇で物語を守れる子は初めてだ」
推薦欄に書かれた名前は、今度こそ奏汰だった。