縫い目は嘘をつかない
海外バイヤーが並ぶショーの十分前、主役のドレスが裂けた。舞台袖に乾いた音が響いた。モデルの顔から血の気が引いた。
脇の縫い目から、安い裏地が白く覗いた。綾小路蓮司が発注先を変え、予算の差額を自分のイベント会社へ流していたのだ。
そのドレスの原案は私が描いた。だが蓮司はスケッチから長船杏奈の署名を切り取り、〈クリエイティブディレクター綾小路〉の名で発表した。
「直せるよね」
蓮司は鏡越しに言った。
「君は縫うのだけは得意だから」
「残り九着も同じ生地です」
「じゃあ全部お願い。失敗したら、取締役の父に報告するよ」
私は予備の衣装袋を開けた。盗用に気づいた夜、自分の型紙で作り直していた十着が入っていた。会社の材料は使えず、貯金で布を買い、閉店後の縫製室で一針ずつ仕上げたものだ。モデルたちは事情を聞くと、裂けた衣装を脱ぎ、誰も文句を言わず私の服へ着替えた。
最後の一着だけ袖が長かった。私は舞台袖で三十秒の仮縫いをし、糸を歯で切った。音楽が始まった瞬間、モデルは何事もなかったように光の中へ歩き出した。
照明の中を、本来の布が流れた。軽く、強く、歩くたびに縫い目が光を返した。
終演後、蓮司は拍手の中央へ進んだ。
「僕の新コレクションを――」
筆頭バイヤーが私の手を取った。
「長船さん、この型紙の技術供与について話したい。私たちはあなたの服を買います」
監査役が会場へ入り、綾小路取締役の議決権停止を告げた。息子の会社への不正送金が判明し、父親は役員を解任されたという。
蓮司は笑みを崩さなかった。
「デザイナーは僕だ。彼女は縫製担当です」
大型スクリーンに制作履歴が映った。原画、型紙、試作、修正、すべての作成者欄に長船杏奈の名があった。蓮司の操作は署名削除だけだった。
社長がマイクを取った。
「綾小路蓮司を盗用、背任行為、虚偽発表により懲戒解雇。長船杏奈を新ブランドの責任者とする」
次の拍手が始まる前に、蓮司の首から関係者パスが外された。