罪悪感の白い獣

 雪のような獣は、傷つけた者の罪悪感を食べ、その傷を癒やす。

 傷が深いほど多くを食べる。すべて治れば、傷つけた者は自分のしたことに二度と胸を痛めない。

 ヘスタは診療所の床で、白い獣の前に膝をついた。

 寝台のクオンの腕には、黒い蔓が肩まで広がっている。夜明けには心臓へ届く。

「呪符を書き換えたのは私です」

 誰にも聞こえない声で言う。

 昇級試験の前夜、ヘスタは競争相手だったクオンの杖へ、魔力を鈍らせる印を一画だけ足した。

 少し失敗すればいいと思った。

 クオンは試験中、暴走した蔓を受けた。印がなければ防げたはずだった。

 事故として処理され、ヘスタは首席になった。

 クオンは意識を取り戻すたび、「君が無事でよかった」と言った。

 白い獣が鼻先を胸へ寄せる。

「罪悪感を全部くれれば、蔓を全部食べよう」

「そのあと、私は自分を許してしまうの?」

「許す必要もなくなる。悪かったと思わなくなるから」

 それが怖かった。

 いま感じている痛みは罰では足りない。けれど、痛みまで失えば、ヘスタは首席の徽章を平然と着け続けるかもしれない。秘密を墓まで持っていくかもしれない。

 告白してから治してもらえばいい。

 だがクオンは眠っている。蔓はもう胸元に届き、医師たちは別室で最後の薬を探していた。目覚めを待つ時間はない。

 ヘスタは紙を取り出し、真実を書こうとした。

 手が震えて文字にならない。書面なら破れる。誰かが隠せる。罪悪感が消えた自分自身が、真っ先に燃やすかもしれない。

 彼女は診療所の呼び鈴を鳴らした。

 医師、試験官、クオンの姉が駆け込んでくる。

「治療を始めます」

 ヘスタは皆の前で白い獣へ手を差し出した。

「終わったら、私に一つ質問してください。呪符に触ったか、と」

 獣が胸へ牙を立てる。

 試験場でクオンが倒れた音が遠ざかる。首席の徽章を受け取ったときの吐き気が消える。寝台の横で夜ごと謝った言葉が、意味を失っていく。

 黒い蔓が白くほどけ、クオンの頬に血色が戻った。

 最後の罪悪感が舌の上から消えた。

 もう黙っていても苦しくない。逃げても眠れる。徽章を守る理由のほうが、ずっと明快に思えた。

 試験官が約束どおり尋ねる。

「彼の呪符に触ったのか」

 胸は痛まなかった。

 それでもヘスタは、自分が痛んでいたころに決めた言葉を口にした。

「はい。私が書き換えました」

 白い獣が満腹の息を吐いた。

 クオンの瞼が、その告白の直後に開いた。