胡桃殻の数珠

 聖ヴラナ砦の修道士ミロシュは、胡桃の殻を糸へ通していた。

 実はすでに兵が食べた。殻は四十七。割った実を百四十人で分けたため、一人の舌へ載ったのは爪の先ほどだった。城に残った食い物の数でもあった。

 包囲する帝国軍は、壁を撃たず、静かに待っている。静かすぎる夜だった。犬も吠えず、敵陣の鍋の匂いだけが谷風に乗って壁を越えた。

 守将ドラガンが礼拝堂へ来た。

「明朝、降伏を勧める使者が来る」

「明朝まで壁があれば、ですな」

 ミロシュは胡桃殻の数珠を石床へ置いた。殻の一つが、わずかに転がった。

 風はない。

 もう一つが震え、糸を引いた。

 敵は地下を掘っている。

 砦に坑夫はいない。耳を床へつけても、雨音しか聞こえない。だが空の胡桃殻は軽く、土の振動を拾う。

 ミロシュは数珠を持って回廊を歩いた。祈りの言葉は唱えない。必要なのは神の返事ではなく、殻が石へ触れる乾いた音だった。東壁では動かない。井戸端でも静かだ。南塔の下へ置くと、四十七個が細かく鳴った。

「ここです」

 ドラガンは床板を剥がさせた。下は古い納骨穴へ続いている。敵坑道まで、槍二本ほどの土しかない。

「掘り返す時間はない」

「ならば待ちましょう」

「壁の下へ火薬を置かれるぞ」

「置かせるのです」

 兵糧があれば、敵坑道を避けて別の壁を守れた。今は走るだけで眩暈を起こす兵ばかりだった。腹の減った兵を分散させれば、どこも守れない。

 坑道一か所へ敵を集め、火薬ごと奪うしかなかった。

 ミロシュは胡桃殻を一つ割り、内側へ煤で印をつけた。数珠の中央へ戻す。

 振動が強まり、殻が一斉に跳ねた。やがて止まる。

「火薬を運び込んでいる」

 ミロシュは囁いた。

 守兵十二人が納骨穴へ入り、土壁の前で待つ。槍も振れない狭さだ。手斧だけを握る。

 向こうから、鉄の先が土を突き破った。

 光が一本差し、敵坑夫の目が見えた。

 ミロシュは数珠の糸を切った。胡桃殻が床へ散る。それが合図だった。

 ドラガンは南塔へ走り、剣を掲げる。

 坑道突入の黒旗が上がった。