腐らせる権利

片桐梓が泰成から届いた招待を開くと、「共有冷蔵庫」というアプリの画面が現れた。

買う物、作り置き、賞味期限を二人で管理できるらしい。

〈一緒に住んだら、俺が毎日作るよ〉

泰成は料理が好きで、梓が忙しい夜にもよく弁当を届けてくれる。同棲を提案されたときも、「食事の心配はさせない」と言った。

ありがたいのに、梓はすぐ参加できなかった。

泰成は食べ残しを見ると理由を訊く。菓子パンだけで済ませた日は、栄養の話をする。どれも心配からだと分かっている。けれど梓には、誰にも見られず適当な物を食べたい夜があった。食欲のないことを説明せず、冷蔵庫を閉めたい日があった。

二十九歳で、食事を作ってくれる恋人との生活をためらうのは、贅沢に思えた。自分で自分を雑に扱う自由など、守る価値がないようにも見える。

机には二枚の写真がある。泰成の冷蔵庫は保存容器が同じ向きに並び、梓の冷蔵庫は飲み物と調味料しかない。

梓はアプリへ参加し、最初のメモを書いた。

〈冷蔵庫は左右半分ずつ。右側は共有しない。食べた量や内容を互いに評価しない。作ってくれた物も、食べられない日は断ってよい〉

送信前に、指が止まった。泰成にとって料理は愛情だ。その受け取り方へ条件をつければ、拒絶と感じるかもしれない。

〈この約束ができるなら、一緒に住みたい。できないなら住まない〉

追記して送った。

泰成から返事が来るまで十分かかった。

〈分かった。右側には触らない。でも腐りそうな物は一回だけ言わせて〉

梓は笑い、〈一回だけ〉と返した。

梓は自分の冷蔵庫を開け、奥で固まっていたソースを捨てた。自由を守ることは、腐らせる権利を主張することではない。右側を自分で管理し、食べられない日には食べられないと言う。泰成の世話を拒むだけでなく、世話されずに暮らす手間を受け持つ覚悟も必要だった。

同棲がうまくいく保証ではない。右半分をめぐって喧嘩する日も来る。それでも梓は共有ボタンを押し、自分だけの棚も同じ冷蔵庫へ入れる選択をした。