花丸の裏拍
椙田茉白がマイクを持つと、園児たちの画面に花丸が咲いた。
保育支援アプリの新曲発表。出席ボタン、手洗い記録、昼寝確認の通知音を並べた、跳ねる教育ポップだ。三年前、この系列園の送迎車で園児が熱中症死した。職員は降車確認を怠ったとして処分され、会社は再発防止を宣言した。園の入口には、事故後に作られた大きな花丸の看板が掲げられている。
茉白はアプリの声を担当していた。事故当日も、明るい通知で「全員降りました」と読み上げている。
イントロで子供の合成声が言う。
「よくできました」
Aメロの手拍子は、園児一人ごとの出席タップだ。十八人分あるはずが、十七音しか鳴らない。代わりに裏拍で小さな二連音が続く。事故車の後部ドアを内側から叩いた振動だった。
会社説明では、担任が誤って全員分を確認済みにした。だがアプリには一括確認機能がない。茉白は本番中、管理画面へ声で問いかけた。すると楽曲の背景に、事故当日の操作履歴が浮かぶ。
サビで花丸が百個舞う。
「よくできました」
死亡した園児の欄は、降車時刻より三時間後に「確認済み」へ変わっていた。操作したのは担任ではなく、本社の品質管理アカウント。事故発覚後、監査基準を満たすため記録を書き換えていた。
さらに、裏拍の二連音を文字へ変換すると、車内端末の音声認識ログが出た。
〈あけて〉
〈せんせい〉
〈あつい〉
アプリは子供の声を聞いていた。だが「送迎中の雑音」と分類し、緊急通知を送らなかった。開発会社はその誤判定も知りながら、記録を消していた。
最後の一音で、茉白は予定された花丸ボタンを押さず、裏拍を二回鳴らした。会場の全端末に事故ログが送信される。壇上の本社社長が、削除命令を出した自分の音声を聞いて立ち尽くす。
スピーカーが当時の会議を再生した。
〈記録は直した。監査も通る〉
〈よくできました〉
子供を褒める優しい言葉ではなかった。死の記録を偽装した部下へ、責任者が与えた冷たい花丸だった。