薔薇温室の冬薪
雪の朝、孤児院へ届くはずの薪車が、クラリッサ・モーン伯爵夫人の薔薇温室へ曲がった。
院長ネーヴァ・シェルが追いかけると、夫人は赤い薔薇の前で手を温めていた。荷車からは王家慈善局の青札が垂れている。
「その薪は子どもたちの冬越し用です」
「薔薇は冷えれば枯れるわ。孤児は毛布を重ねれば済むでしょう」
ネーヴァが荷を戻そうとすると、従者が道を塞いだ。夫人は青札を引きちぎり、暖炉へ投げる。
「慈善局には、孤児院が受領したと報告なさい。逆らえば建物ごと立ち退かせます」
ネーヴァは受領変更票を差し出した。
「では、配送先を温室へ変えた理由をお書きください」
クラリッサは笑い、〈孤児院分の薪三台を伯爵家薔薇温室へ転用。薔薇の保護を孤児の暖房に優先する〉と記した。最後に〈院長の同意あり〉と付け足し、自分の署名で囲む。
「これを持って帰りなさい。あなたの同意書よ」
「署名したのは夫人だけです」
そのとき荷車の車軸が青く鳴った。
慈善局の荷車は、青札を失っても配送記録が消えない。車軸が出発地、予定地、実際の停止場所、進路を変えた命令者の声を保存する。三台すべてから、〈温室へ回せ〉というクラリッサの声が再生された。
温室の外に、白い外套の慈善監察官たちが並んでいた。子どもたちから薪が届かないと連絡を受け、荷車の追跡紋をたどってきたのだ。
「これは一時保管よ。明日返すつもりだった」
監察官は暖炉を指す。すでに一台分が燃え、灰の中から青札の金具が出ていた。さらに夫人の執事が持つ会計帳には、孤児院への薪を毎年〈受領済み〉として処理し、同量を温室費から差し引いていた記録がある。今年だけではなかった。
ネーヴァは変更票を監察官へ渡し、残る二台の向きを変えた。御者たちは今度こそ孤児院へ馬首を向ける。
監察官が白銀の令状を開いた。
「クラリッサ・モーン。慈善物資横領、虚偽受領の強要および施設退去を用いた脅迫の容疑により、王立慈善局は貴殿を拘束する」