薬匙ひとつの算術
薬草谷では、薬師の言葉が法律より強かった。
「匙半分」と言われても、家ごとに匙の大きさが違う。熱冷ましを多く飲ませた子が倒れ、少なすぎた家では高熱が続いた。それでも村人は、数字が分からない自分たちが悪いと思っていた。
領医リコルは診療所の隣に、小さな算術学校を開いた。
教えるのは難しい式ではない。一匙、一刻、一瓶。薬を安全に量るための数字だけだ。費用は封印付きの薬瓶を町外へ売る商人から、一瓶につき銅貨一枚。家庭で煎じる薬草や、貧しい者への処方は無税とした。瓶の本数、徴収額、共通匙の製作費は診療所前へ毎日掲示する。
薬商会は反対した。
「村人が量を知れば、薬師を疑うようになる」
リコルは真顔でうなずいた。
「疑って確かめられる薬師だけが、信じられる薬師です」
若い薬師たちが先に賛成した。鍛冶屋は同じ容量の匙を百本作り、陶工は目盛り入りの小杯を焼いた。母親たちは病気の子を抱いて授業へ来られるよう、交替で見守り役になった。文字を知らない老人のため、量は線と豆粒の絵でも示した。
共通匙は無料で一本ずつ配ったが、追加分は原価を掲示して売った。領医の名を使って高値を付けられない仕組みだ。薬師たちは処方箋にも匙の絵と線を描くようになり、読めないことを恥じさせず、読める形に変えるのが専門家の仕事だと気づき始めた。
初授業の日、かつて薬を多く飲ませてしまった母親が、手を震わせながら匙を持った。
「私には、算術なんて無理です」
隣の少女が豆を三つ並べ、その一つを半分へ分けた。
「これなら見えます。一と半分」
母親は同じ量の水を三度すくい、どれも目盛りへぴたりと合わせた。リコルは褒め言葉を重ねず、彼女へ診療所の共通匙を一本渡した。
数日後、学校の外壁に白い線が引かれた。子どもの背丈を測る線ではない。匙一杯、杯一杯、瓶一杯を誰でも確かめられる尺度だった。
夕暮れ、村人たちは薬を受け取る前に、まずその線へ容器を当てるようになった。