藁束一つの家族
王宮仕立て師のイサナは、十年かけて王妃の礼装を縫った。
完成の日、名を刺繍しなかった罪で追放された。職人の名など表へ出すなと言われ続けたのに、最後には「誇りのない者」と切り捨てられたのだ。
辺境の土地で彼女を迎えたのは、屋根の半分が抜けた山羊小屋と、三本歯の魔法叉《藁結び》だった。藁を持ち上げると、茎同士を糸のように編み、ほどけない束へ変える。
初日の仕事は、屋根全部ではない。
雨が落ちる一角だけを塞ぐ。
イサナが叉で藁をすくうと、穂先が淡く光り、ばらばらの茎が細い三つ編みになった。衣装の裾を縫うように、一束ずつ梁へ掛ける。針も糸も要らない。叉をひねれば藁が自分で結び目を作った。
王妃の礼装には、見えない裏側ほど細かな縫い目を求められた。けれど完成しても、誰もそこを見なかった。
藁屋根の結び目は外から丸見えだ。不揃いでも、雨を止めれば役目を果たす。イサナは初めて、自分の手仕事を隠さず残した。
途中、痩せた白山羊が森から現れた。元の飼い主に捨てられたらしい。小屋の前で雨雲を見上げ、入ってよいか迷っている。
「まだ半分しか直ってないけど」
イサナが戸を開けると、山羊は濡れていない一角へそっと入った。
最後の藁束を置いた直後、雨が来た。
ぱらぱらと屋根を叩く音。修理した部分からは、一滴も落ちない。新しい藁の乾いた匂いと、山羊の温かな息が小屋にこもった。
夕方、山羊が少しだけ乳をくれた。イサナは押し麦と一緒に煮て、白い粥を作る。鍋の縁で泡がぷくりと割れた。
王宮からの使いが、雨を避けて戸口へ立った。
「王妃の戴冠衣が裂けました。戻れば罪を赦すとのことです」
金糸で縁取られた封書を差し出す。
イサナは封を切らず、藁束の重しにした。山羊はその横で満足そうに草を噛んでいる。
「私の縫い目を必要としているのは、今はこっちです」
粥を椀へよそう。乳の甘い湯気が頬へ触れた。
名前を消される宮殿より、一本の雨漏りを止めた小屋のほうが、ずっと彼女の仕事を覚えていた。