裁縫針で世界記録を縫い直す
《登録者百人で世界記録は買えないだろ、普通》
《討伐判定だけ運営に弄らせた?》
《藤代陽菜の針一本攻略、映像が綺麗すぎて怪しい》
藤代陽菜は、祖母の裁縫箱から一本の針を選んだ。
管理局の鑑定では、魔力なし、加工なし。糸すら通っていない。陽菜はそれを指に挟み、縫い目のない白い巨人を見上げる。
針の細かな錆まで高解像度で記録され、途中交換を防ぐ識別印が根元に押された。
無垢巨兵は全身が一つの物質で、関節も核も存在しない。どこを傷つけても即座に塞がるため、過去の討伐は百人同時の消滅魔法だけだった。
「縫い目がないなら、作ればいい」
陽菜は空中へ針を一度、刺した。
針先から細い黒線が走る。巨兵の肩、胸、腰、脚を巡り、見えなかった輪郭をなぞっていく。陽菜が指を引くと、黒線がきゅっと締まった。
巨兵は布の型紙のように平たく畳まれた。
一枚、二枚、四枚。折り目が増えるたび巨体は小さくなり、最後は掌ほどの白い四角になる。針がその中心を貫いた瞬間、討伐光へ変わった。
《攻撃力表示、たったの1》
《ダメージを与えてない。“形状を縫い直した”判定》
《巨兵の再生条件は体積維持。折り畳んで条件そのものを潰したのか》
《針は本当に市販品。購入から三十二年経ってる》
《運営が弄ったなら、こんな意味不明な勝ち方にしない》
陽菜は針を布へ戻し、裁縫箱を閉じた。
「記録は買ってないよ。おばあちゃんから借りたのは、道具だけ」
配信を見ていた攻略研究所が、判定ログを公開する。運営の手動操作はなく、迷宮自身が陽菜を単独討伐者として選んでいた。
《サーバー署名一致》
《世界記録の申請時刻、討伐の〇・〇一秒後に自動生成》
《登録者数と実力を結びつけてた側が偽物を見てた》
《百一人目になった。針仕事、もっと見せてくれ》
登録者表示は百から一気に跳ね上がる。
同時に世界記録欄の備考が更新された。
【従来:百名による完全消滅】
【藤代陽菜:裁縫針一本、損傷値1、討伐完了】
最初の公式切り抜き題は、『世界を一針で畳んだ新人』だった。