触れずに奪う酸素

時任は、自分のマスクを橘川のホースへ接続した。

椎葉が笑い、橘川は拘束椅子を激しく揺らす。

「俺のボンベに触るな!」

三人は床へ固定された椅子に座り、背後の個人ボンベから伸びる長いホースだけを動かせる。壁の規則はこうだ。

《十分後、割り当てボンベの残量が最も多い一名を勝者とする。他人の身体および他人のボンベに触れてはならない》

主催者は暴力を禁じたつもりだった。だから三人の手は自由で、中央にはホースを交換できる継手まである。緊急時に呼吸源を切り替えるための設備だ。

時任は橘川の身体にも、背後のボンベにも触れていない。手に取ったのは、中央まで伸びたゴムホースだけだった。

彼が吸うたび、橘川の残量計が二人分の速さで下がる。時任自身のボンベは元弁を閉じたまま百パーセントを保つ。

橘川も時任のホースを奪おうとするが、継手には一度接続すると終了まで外れない安全ロックが掛かっていた。椎葉は自分の分を守ろうと浅く呼吸し続ける。

十分後。

《時任割当、100%。椎葉割当、41%。橘川割当、0%》

時任の拘束が外れた。

「他人の酸素を盗んだ!」

橘川の叫びに、時任は中央の継手を指す。

「酸素の使用先は規則にない。触るなと書かれたのは身体とボンベだけだ」

割り当ては所有ではなく、判定対象を決める印にすぎない。誰がどのボンベを吸うかまで固定したいなら、ホースを含めて禁止すべきだった。

主催者は三人が自分の残量だけを守ると思い込んだ。その思い込みが、わざわざ長くしたホースを武器に変えた。

装備一覧でも、ボンベ、身体、ホースは別々の部品名で記載されていた。時任は開始前、係員が継手を交換する際にボンベ本体へ一度も触れないのを見ている。禁止範囲を日常語で広げず、列挙された二つだけに限定したからこそ、中央の一本が逃げ道になった。

時任は満タンの自分のボンベを背負い、空になった橘川の呼吸音を残して出口へ向かった。