診察台の下の夜会

 動物病院の入院室では、消灯後に夜会が開かれる。

 診察台の下へ毛布を広げ、老猫の薬研が議長。甲羅を治療中の亀、碁石が書記を務め、骨折で泊まっている文鳥の風鈴が高い棚から発言する。今夜の新入りは、翌朝に採血を控えた子犬の綿球だった。

「針は大きい?」

 綿球が三度目の質問をする。

「お前よりは小さい」

 薬研が答える。

「痛い?」

「少し」

「少しって、どのくらい?」

「猫が尾を踏まれたときより短い」

「僕、猫じゃない」

「では、犬が考えすぎている時間より、ずっと短い」

 綿球は毛布の端を噛んだ。

 昼間、飼い主の少年が「頑張って」と言って帰った。その言葉が重く、眠れないらしい。

「頑張れと言われると、失敗できない」

 風鈴が羽を片方だけ動かす。

「私は飛べない間、『早く治そうね』と言われた」

「治る速さは選べません」

 碁石がゆっくり言った。

「採血も、上手に受ける必要はない。終わるまでそこにいればよい」

 夜会では、採血の練習をすることになった。

 薬研が看護師役。碁石は診察台役。風鈴が「はい、深呼吸」と掛け声をかける。

 綿球は碁石の隣へ座った。

「動かない」

「無理」

「では震えてよい」

「鳴いても?」

「病院で鳴くのは、申告だ」

 綿球は一度だけ「くうん」と声を出した。

「よい申告」

 薬研が頷く。

 練習後、皆で夜食の香りを楽しんだ。実際に食べるものはそれぞれ違うが、入院室には飼い主が持参した犬用ビスケット、猫用の鰹、文鳥の粟、亀の青菜の匂いが混じっている。

 綿球はようやく毛布へ顎を置いた。

 翌朝、採血の時間が来た。

 綿球は診察台で震え、最初に小さく鳴いた。看護師が「怖いね」と背を撫でる。飼い主の少年も、頑張れとは言わず、「ここにいるよ」とだけ言った。

 採血はすぐに終わった。

「できた!」

 少年が笑う。

 綿球は尾を振りかけ、まだ怖かったので途中でやめた。それでも誰も困らなかった。

 夜、退院前の短い夜会が開かれた。

「報告」

 薬研が言う。

「震えた。鳴いた。でも終わった」

 綿球は胸を張る。

「満点」

「上手じゃなかったのに?」

「夜会の採点では、帰る朝が来れば満点だ」

 入院室には、洗いたての毛布と消毒液、少年の手から移った石鹸の匂いが残っていた。

 綿球は皆へ鼻を寄せ、迎えのキャリーへ入る。扉が閉まる前、碁石がゆっくり首を上げた。

「次は、元気な日に会いましょう」

 小さな尾が、今度は最後まで左右に揺れた。