証書の折り目は地図になる

久世遥は、卒業証書を八つ折りにした。

式が終わったあとの女子トイレで、便座の蓋を机代わりにし、厚い紙へ爪を立てた。最初の折り目が入った瞬間、胸の奥でも何かが裂けた。

「本当にやるの」

個室の外で、朔が見張っていた。

遥の両親は、地元の短大へ進むと思っている。けれど鞄の底には、県外の舞台美術学校から届いた合格通知と、夜行バスの切符が入っていた。話し合おうとするたび、父は「絵で食べていける人間は一握りだ」と封筒を取り上げ、母は「卒業式が終わるまで変なことを言わないで」と泣いた。

証書の筒を持ち帰れば、中を確認される。学校名の入った大きな筒は、今夜の荷物に入らない。遥は紙だけをコートの内ポケットへ隠すつもりだった。

「折ったら、価値なくなるかな」

遥が聞くと、朔は個室の扉越しに答えた。

「卒業したことは、紙の平らさで決まらないでしょ」

二つ目、三つ目の折り目をつけた。校長印の端が曲がり、自分の名前が谷折りの中へ消えた。遥は泣かなかった。泣けば、逃げることを誰かのせいにしてしまいそうだった。

個室を出ると、朔が証書の筒へ古新聞を詰めた。外から見れば、中身があるように見える。

「これ、いつ返せばいい?」

「帰ってきたいとき。帰ってこなくてもいいけど」

卒業式の記念品より、その言葉の方が遥には重かった。

校門で両親と写真を撮り、空の証書筒を抱えて家へ帰った。写真の中の遥は、何も隠していない顔で笑っている。夜、遥は置き手紙を残し、駅へ向かった。正しかったとは今でも言い切れない。家族を傷つけ、自分も何度も後悔した。数年後に話し合えるようになるまで、電話を切られた夜もあった。それでも、あの日折った紙を開くたび、進んだ道だけは自分のものだと思えた。

十一年後、遥は小さな工房の賃貸契約書を前にしていた。保証金を払えば、貯金はほとんど残らない。鞄から卒業証書を出すと、縦横の折り目が町の区画のように走っている。

遥はその上で印鑑の向きを確かめた。

紙は一度折れば、元の平面には戻らない。だからこそ、折り目はここまで来た経路になる。

契約書へ印を押し、遥は工房の鍵を受け取った。今度は隠れて出ていくためではなく、自分の名前を入口に掲げるための鍵だった。