証言台の空席
殺された男は、空席の証言台から犯人の名を告げた。
法廷を模した降霊室に、遺族が集まっていた。中央に証言台、正面に裁判官席、左右に長机。私は霊媒として、死者の言葉を家族へ伝える。遺族は呼び水として、男の時計、万年筆、銀色のペーパーナイフを持参した。私は皆が祈っている間に、時計だけを別の鞄へ移した。
開始前、鏡には黒い布を掛けた。男が私の顔を見ないようにするためだ。床の端では、彼の書斎から持ち出した紙片を灰皿で燃やした。遺族には「霊を呼ぶ準備」と説明した。
照明を落とすと、空席の椅子が軋んだ。
『ここはどこだ』
「あなたの死を裁く場所です」
『誰がいる』
「妻、弟、共同経営者。皆、真実を待っています」
妻は数珠を握り、弟は爪を噛んでいた。共同経営者だけが私を見ていた。私は視線を避け、用意した供述の順番を頭の中でなぞった。
男の声は私にしか聞こえない。遺族は息を殺し、私の口から出る言葉を待った。
「最後に会った人物は?」
『君だ』
私は咳払いをして、「共同経営者です」と訳した。
「凶器を持っていたのは?」
『君だ。銀色のペーパーナイフ』
「弟さんです」
弟が立ち上がり、否定した。私は鐘を鳴らし、死者が興奮していると告げた。共同経営者の鞄からは、事前に入れておいた男の時計が見つかるはずだった。警察へ渡す匿名の手紙も用意してある。
だが男は質問に答えず、同じ言葉を繰り返した。
『なぜ私を呼んだ』
私は声を低くした。
「犯人を知るためです」
『違う。君は、私が君を見たか確かめたかった』
空席の椅子がこちらを向いた。黒布を掛けた鏡の内側から、爪で引っかく音がする。
『見たよ。薬を入れた手も、書斎を探した手も』
遺族が「何と言っているのです」と迫った。私は鐘を三度鳴らし、接続が切れたふりをした。
そのとき、証言台の録音機が勝手に再生を始めた。私には声として聞こえていた言葉が、全員の耳へ流れる。
『犯人は、いま私の声を訳している』
遺族の視線が、空席の証言台から一斉に私へ移った。
確かめたかった答えは、法廷じゅうへ聞こえてしまった。