豆腐一丁の半分
海津田亮は、自転車修理店の二階で一人暮らしをしていた。
十九歳の藤沢泰樹が住み始めたのは、店で見習いを始めた春である。泰樹には頼れる親族がなく、職業訓練所の紹介で、空いていた和室を使うことになった。
二人は食費を折半した。
米、味噌、卵。冷蔵庫の豆腐一丁も、きっちり半分ずつ。
亮は包丁で中央を測り、泰樹が「そこまでします?」と呆れる。
「金の問題は曖昧にしない」
「三ミリ、そっちが大きい」
「では削る」
「冗談です」
ある夜、亮の帰りが遅くなった。
店のシャッターを閉めると、二階から出汁の匂いがする。
泰樹が湯豆腐を作っていた。
「勝手に豆腐を使いました」
「半分なら」
「全部」
土鍋には一丁分の豆腐が浮いている。
「明日の分は」
「明日買います」
「食費は」
「僕が出します」
亮は言いかけて、鍋の湯気を見た。
昆布、葱、柚子皮。寒い店内から上がってきた体には、十分な理由だった。
二人で鍋を囲む。
泰樹は大きな角を亮の器へ入れた。
「それ、半分を越えてる」
「今日は作業代」
「何の」
「チェーン交換、教えてもらった」
「賃金は店から出る」
「では、家の分」
亮は豆腐を食べた。
大豆の甘さと柚子の香りが、口の中でやわらかくほどける。
食費の帳面へ何と書くか考えたが、今夜だけ空欄でよい気がした。
翌日、泰樹は豆腐を二丁買ってきた。
「増えてる」
「予備」
「一人一丁は多い」
「半分にすれば、二日分」
亮は笑った。
それから冷蔵庫の食材へ名前を書くのをやめた。
高価なものだけ相談し、あとは食べた方が次を買う。
計算は少し合わなくなったが、夕飯の時間はよく合うようになった。
冬の終わり、二人はまた湯豆腐をした。
亮が一丁を鍋へ入れ、泰樹が訊く。
「どっちが多く食べます?」
「腹が減った方」
「家族方式ですね」
「修理店方式だ。必要な方へ部品を回す」
言い方は不器用だったが、泰樹は笑った。
階下には油と金属、二階には昆布と柚子の匂いが残った。
豆腐一丁を正確に割らなくても、空になった鍋を二人で洗えば、その夜の勘定はだいたい合っていた。