赦さなくていい式典
雁木奏汰は、百二十年前の爆破事件を毎晩夢に見た。
不死化処置のおかげで身体は再生したが、駅で隣にいた友人は処置前の子どもで、帰らなかった。犯人は四十年の矯正を終え、社会復帰した。今では暴力防止教育の講師として有名だった。
政府は事件百二十周年に「和解式典」を開くことにした。被害者と加害者が握手し、不死社会の成熟を示すという。奏汰には出席要請が届いた。
担当者は言った。
「犯人は十分に反省しています」
「それはよかった」
「では、握手を」
「反省と、私の手は別の話です」
事件後、奏汰は人混みを避け、駅の発車音を聞くたび地面へ伏せた。身体検査はいつも健康。医療AIは「再生済み」と記録した。傷跡がないことは、苦痛がない証明として何度も使われた。
式典当日、犯人は白髪のない顔で壇上に立った。事件当時より穏やかに見えた。彼は奏汰へ頭を下げた。
「あなたに許される資格がないことは分かっています」
会場は感動的な沈黙を期待した。奏汰は差し出された手を見た。百二十年の間、社会は犯人の変化を称えた。奏汰の変わらない恐怖は、いつまでも古い傷として扱われた。
「あなたが変わったことは否定しません」
奏汰はマイクを取った。
「でも、変わった人を許す義務まで、被害者に課さないでください。私はあなたを罰し続けたいんじゃない。あなたと関係のない人生へ行きたい」
握手をせず、壇上を降りた。翌日から非難が殺到した。心が狭い、未来を向け、不死者なのだから時間はある――。
奏汰は地球を離れた。月の資料館で、事件被害者の証言を保存する仕事に就いた。目的は憎しみを残すことではない。社会が和解したくなったとき、消されやすい側の時間を記録することだった。
数十年後、犯人から手紙が届いた。
〈あなたが握手しなかったことで、私は赦されたふりをせずに済みました〉
奏汰は返事を書かなかった。手紙も捨てなかった。
許さないことと、囚われ続けることは同じではない。彼はようやく、その違いを自分の人生で証明し始めた。