返信できない夜

【匿名相談〈ヨルノート〉運営】

22:40 蜂須賀美弦

全ユーザーへの終了通知、送信しました。新規投稿は停止。

22:42 永瀬直哉

未返信、あと一件。

22:43 朝比奈沙耶

例の投稿?

〈ヨルノート〉は、眠れない学生が匿名で悩みを書き、同世代の聞き手が返事をするサービスだった。診断もしない、助言もしない、ただ一人にしない。それが三人の決めた約束だった。

二か月前の深夜、〈今夜だけは誰か返事をください〉という投稿が届いた。担当通知は三人全員に飛んだ。美弦は試験中、直哉はアルバイト、沙耶は通知を見て「誰かが返す」と思った。返信がついたのは翌朝だった。投稿者は退会しており、その後は分からない。

22:47 直哉

サービスを閉じる理由に、あの一件を書く?

22:48 沙耶

書いたら、私たちが楽になるだけ。

22:49 美弦

でも書かなければ、ただ資金切れで終わる。

本当は資金も尽きていた。相談員への研修費、夜間の監督者、緊急時の連携先。善意だけでは作れないものを、三人は「学生らしい低コスト」で済ませた。

22:55 沙耶

私は臨床心理の大学院へ行く。資格を取る。返事をするだけじゃ足りない時を知りたい。

22:56 直哉

俺は企業の人事。相談窓口の担当を希望する。勤務時間内に、責任者として読む。

22:57 美弦

私は出版社。誰かの悩みを、きれいな物語にしない編集者になりたい。

22:58 直哉

三人とも、続きみたいな進路だな。

22:59 美弦

続きじゃない。別のやり直し。

未返信一覧には、あの投稿だけが残っていた。退会済みのため送信先はない。それでも入力欄は開く。

沙耶が〈遅くなってごめんなさい〉と打ち、消した。

直哉が〈今ここにいます〉と打ち、消した。

美弦は何も書かなかった。

23:10、三人はサービスを停止した。直哉が退出し、沙耶のアイコンも消える。美弦は会社アカウントを削除する前に、未返信数が〈1〉から〈0〉になるのを見た。システム上、終了した投稿は未返信に数えない。

画面はきれいになった。

誰にも届かなかった入力欄だけが白く残り、点滅するカーソルが、返せなかった一言の続きを待っていた。