返信不要の伝言板

広告会社の星守郁也は、終電で眠り込み、「伝言駅」という無人駅に降りた。ホームには学校の黒板のような伝言板があり、白いチョークで何十もの名前が書かれている。

スマホは圏外だったが、保存していた怪談サイトの記事は開けた。

《伝言駅の掲示板に自分宛ての文があっても、返信してはいけない。返事をした人の言葉は、以後すべて駅のものになる》

郁也の名もあった。ほかの名前には返事が一行ずつ添えられ、その筆跡はすべて同じだった。どの返事も最後は「今から行く」で終わっている。

《郁也へ 今日は乗るな。返信するな》

筆跡は三年前に事故死した親友のものだった。二人で企画書に落書きをしていた頃の、右上がりの癖まで同じだ。

郁也はチョークを取った。

《お前なのか》

書いた瞬間、伝言板いっぱいの文字が消えた。残ったのは郁也の返事だけだった。

到着した電車に乗ると、いつもの駅へ戻れた。午前二時過ぎ、自宅でメッセージアプリを開くと、「伝言板」という新しいグループができていた。参加者は郁也一人。

トーク欄には、駅で書いた文が送信済みになっている。

《お前なのか》

すぐに既読が一つ付いた。

郁也はグループを削除した。ところが仕事用チャット、メール、SNSの下書きに、同じ短文が増えていく。さらに、連絡先ごとに別の文章が自動作成された。

母へ《駅で待ってる》

恋人へ《返事をして》

同僚へ《伝言板に名前がある》

送信前に消しても戻る。機内モードにして電源を落とした。

朝、スマホを起動すると、すべて送信済みになっていた。

恋人から返事が来た。

《今どこ? 昨日から言い方が変だよ》

郁也は「家にいる」と打った。送信ボタンを押す直前、文字が勝手に置き換わった。

《伝言駅にいる。君の名前も書いた》

指を離しているのに送信された。

画面上部にシステム通知が出た。

《星守郁也が伝言板に参加しました》

続いて、郁也のアカウント名が「伝言板」へ変わった。

恋人から最後の返信が届く。

《分かった。今から行く》

郁也は「来るな」と叫んだ。

スマホはその声を正確に文字へ変換し、別の文章として送った。

《待ってる》