送料無料まであと二千円

文香の通販カートには、歯磨き粉が一本入っていた。

価格は三百九十八円。送料は三百五十円。画面には親切そうな文字で、「あと2,602円で送料無料」と表示されている。

給料日まで四日。歯磨き粉は今朝、チューブを端から丸めても小豆ほどしか出なかった。近所のドラッグストアへ行けばいいのだが、仕事から帰って靴を脱いだあとだった。もう外へ出たくない。

送料無料にするため、文香は洗濯洗剤の詰め替え、化粧水、保存袋をカートへ入れた。どれもいつか使う。合計三千百二十円。送料はゼロになった。

お得になったはずなのに、確定ボタンを押す指が止まる。

残高を確認し、クレジットカードの今月利用額を見る。未来の自分が払う数字は、今の財布より大きく見えない。それが怖かった。三千円の生活用品は無駄ではない。けれど、今必要なのは歯磨き粉だけだ。

文香は化粧水を削除した。すると送料が復活した。保存袋を戻す。洗剤も戻す。数字が増えたり減ったりするたび、画面に試されているようで疲れる。

とうとうカートを空にした。

洗面所へ行き、歯磨き粉のチューブをはさみで切った。中には、壁に張りついた白いクリームがまだかなり残っていた。歯ブラシで直接すくう。衛生的には褒められないが、今夜一回分には十分だった。

鏡の前で歯を磨きながら、文香はスマホのメモに「明日、歯磨き粉」と書いた。仕事帰りに店へ寄る。それを忘れたら、コンビニで買ってもいい。送料より高くても、必要な一本だけで済む。

泡を吐き出し、切ったチューブを小さな袋へ入れた。生活用品を切らすたび、自分の暮らしが雑に感じられる。でも、切らしたからといって、三千円分まとめて整えなくていい。

送料無料にならなくてもいい。今夜の歯は磨けた。

文香はカートが空になった画面を閉じた。何も買わなかったことより、明日の自分に一つだけ頼めたことのほうを数えた。

切ったチューブは、あと二、三回は使えそうだった。それでも明日は買う。限界まで使い切ることだけが節約ではないし、忘れた自分への罰として不便を延長する必要もない。

文香はメモの先頭に丸印をつけた。小さな用事が一つあるだけの明日は、三千円分の立て直しよりずっと軽かった。