逃げた背中が出口になる

《東雲退、ボス前で背中を向けた臆病者》

《前のパーティーを置いて逃げた疑惑》

《今日も救助対象を見た瞬間に撤退かよ》

 無帰門の内側に、北条隊の六人が閉じ込められていた。

 巨大な門はボスを倒すまで開かない。だが中では負傷者を庇った隊長が戦えず、封鎖空間の酸素も尽きかけている。

 東雲退は門の外から声をかけた。前回の炎上で所属隊を追われ、胸の名札は剥がされたままだ。それでも救難信号に記された『出口消失』の四文字を見て、最短で現場へ来た。

「全員、扉の前へ集まれ」

 向こう側で、鎧の擦れる音が六つ重なる。隊長は部下を先に並べ、自分だけが最後に扉へ手をついた。

《外から破壊不能》

《転移封鎖、すり抜け無効》

《退、もう後ろ向いてる。やっぱ逃げるのか》

 退は門に背を向け、一歩だけ後ろへ下がった。

 彼の踵が床へ着いた場所に、木製の小さな扉が現れる。

 取っ手が内側から回り、負傷した隊長が転がり出た。続いて五人。最後の一人が抜けると、扉は紙のように薄くなって消えた。

 退の技能《退路顕現》。危険へ背を向けて下がった最初の一歩を、取り残された者の出口に変える。前進して敵を倒す力ではない。それでも彼は、誰より先に撤退を選べる。

《六人全員脱出》

《無帰門のルールそのものを迂回した》

《前回ログも出たぞ。退が背を向けた直後、置き去りとされた三人は別出口から帰還》

《“逃げた”んじゃなく、出口を連れて戻ってた》

 隊長は床に座ったまま、退を見上げた。

「ボスは残る」

「命が残れば、次がある」

「臆病者と呼ばれるぞ」

「出口が必要な人には、背中しか見せられないからな」

 退は六人を救護班へ渡し、自分は門から離れた。追いかけて戦果を誇ることも、炎上コメントへ反論することもしない。

 代わりに北条隊の全員が、彼の背中へ深く頭を下げた。

《撤退を恥にしない人だ》

《死者ゼロが一番の戦果》

《庁の救難規定、改定通知きた》

《役職名まで変わるぞ》

 退の配信者プロフィールへ、新しい公認章が刻まれた。

【公式認定――東雲退《国家特別退路案内人》】