透明な保存箱
佑弦が父の家の冷蔵庫を開けると、透明な保存箱が七つ並んでいた。
台風で停電するかもしれないから、食材を整理してほしいと佐和子に頼まれたのだ。父は会社に泊まり込み。再婚相手と二人きりになるのが嫌で、佑弦は懐中電灯だけ置いて帰るつもりだった。
「賞味期限が近い順に食べましょう」
佐和子は箱を全部テーブルへ出した。煮物、茹で野菜、下味をつけた肉。箱の蓋には曜日が書かれている。
「軍隊みたい」
「あなたのお父さん、放っておくと納豆しか食べないから」
二人で、傷みやすいものを調理した。鶏肉は焼き、野菜はスープにする。水の出にくい葉物から使い、冷凍庫の保冷剤を上段へ移した。佐和子が判断に迷った瓶詰めを、佑弦が匂いで確かめる。いつの間にか、指示する側とされる側が何度も入れ替わっていた。
佑弦が包丁を握ると、佐和子は驚いた。
「料理するの?」
「父さんよりは」
「その基準だと全員できる」
似たような冗談を言う人だと思い、佑弦は少し警戒を解いた。
停電は午後八時に来た。部屋が暗くなり、冷蔵庫の音が消える。二人は懐中電灯を天井へ向け、作った料理を順番に箱へ戻した。冷気を逃がさないよう、扉を開ける時間を測る。
「その箱、空けておいて」
佐和子が一つだけ中身を入れなかった。
「何用?」
「佑弦くん用」
「俺、ここで食べないです」
「今日食べた」
「今日だけです」
「なら今日の箱」
反論しにくい言い方だった。
電気が戻るまで、二人でスープを飲んだ。佐和子は父との馴れ初めも、前の母の話も持ち出さなかった。暗闇では、誰が家の古参か分からなくなる。
一時間後、照明が点いた。佑弦は空の保存箱へ、余った鶏肉を入れた。蓋に油性ペンで日付を書き、少し迷って自分の名前も書いた。
帰りにコンビニへ寄り、プリンを二つ買った。一つは自宅で食べるつもりだったが、また父の家へ戻った。
「冷蔵庫、もう開けてもいい?」
佐和子がうなずく。
佑弦は自分の箱の隣へプリンを置いた。片方の蓋に「佐和子」と書き、もう片方には何も書かなかった。
名前がなくても、置き場所はもう分かっていた。