進路室の封筒
進路指導室の机には、卒業生が十年後の自分へ書いた手紙が保管されていた。
本来は学校がまとめて発送する。けれど今年、制度が終わると聞いた。保管場所がなく、昔の封筒は処分されるらしい。
「勝手に捨てるの、嫌だ」
進路委員の彼女が言った。
私たちは夜の学校へ入り、未発送の封筒を探した。
大人には言えない救出計画だった。
戸棚の奥に、古い箱が三つあった。住所不明で戻ってきたもの、宛名が消えたもの、発送年が分からないもの。
開けることはできない。
封筒の表から、名前と卒業年度だけを記録する。卒業生名簿と照合し、見つかった人へ学校を通さず連絡するつもりだった。
「個人情報の塊だね」
「だから誰にも見せない」
作業は思ったより重かった。
知らない名前。知らない住所。けれど封筒の厚みから、何枚も書いた人や、小さな写真を入れた人が分かる。
一通だけ、差出人に見覚えがあった。
担任の名前だった。
若いころ、この学校の生徒だったらしい。
彼女は封筒を持ち上げた。
「先生に渡す?」
「計画がばれる」
「捨てられるよりいい」
翌朝、私たちはその一通だけ、担任の机へ置いた。
差出人不明のふりをした。
先生はホームルームへ来ると、いつもより長く出席簿を見ていた。
「今朝、昔の自分から手紙が届いた」
教室がざわつく。
先生は内容を読まなかった。ただ、
「教師になると書いてあった。なった今のほうが迷っている」
と笑った。
放課後、私たちは呼び出された。
ばれていた。
「戸棚の埃に靴跡があった」
叱られると思った。
先生は処分予定だった箱を三つ、机へ載せた。
「正式に、卒業生への返還作業を提案する。次は昼間にやれ」
秘密の計画は、生徒会と同窓会を巻き込む仕事になった。
一年かけて、半分以上の封筒が持ち主へ戻った。
私たちの手紙も新しく書き、同じ箱へ入れた。
十年後の自分へ何を書いたかは、互いにも言わなかった。
夜の進路室で共有したのは、秘密の中身ではなく、誰かの未来を捨てないという計画そのものだった。