郵便受けの咳払い

一人暮らしの老女は、毎朝郵便受けを三度確認した。

遠くの息子とは、五年前の口論以来連絡がない。

手紙が来るはずはない。

それでも蓋を開ける音だけが、朝の習慣になった。

鍵屋でもらった翻訳油を蝶番へ差すと、郵便受けが空のときだけ、最後に前へ立った人の言いかけた一文を話すようになった。

最初は配達員の声だった。

「今日は何も――」

次の日は近所の子ども。

「猫、ここへ入っ――」

役に立たない断片ばかりだった。

ある朝、低い咳払いのあと、聞き覚えのある声がした。

「母さん、今さら――」

息子だった。

老女は門の外へ飛び出した。

誰もいない。

郵便受けの前へ立ったが、声の続きは聞けない。

その人が実際に口へ出しかけた言葉を、一度だけ残す仕組みらしい。

息子はここまで来て、呼び鈴も押さず帰った。

会いたかったのか。

謝りたかったのか。

文句を言いに来たのか。

老女は息子の連絡先を知っている。

それでも先に電話すれば負ける気がして、五年待っていた。

息子も同じなのかもしれない。

翌日も郵便受けは空だった。

「今日は来ないかな」

自分の声が返った。

老女は、誰もいない郵便受けへ毎朝そう呟いていたことを初めて知った。

電話をかける。

息子は出ない。

留守番電話へ、

「郵便受けが、あなたの咳払いを覚えていました」

と残した。

変な伝言だと思い、切る前に付け足した。

「今さらでも、続きを聞きたいです」

一週間後、郵便受けに一枚の葉書が入っていた。

文章は、

「日曜、午後二時」

だけ。

日曜、息子は時間どおり門の前へ立った。

老女は家の中で待ち、また立ち去られるのが怖くて、すぐ扉を開けられない。

郵便受けが空ではないので、何も話さない。

代わりに息子が呼び鈴を押した。

五年分の話は、玄関先では終わらなかった。

互いに言いかけて飲み込んだ言葉が多すぎた。

日が暮れるまで話し、来月また会う約束をした。

翻訳油は乾き、郵便受けは普通に戻った。

老女は朝、三度も確認しなくなった。

手紙が来ない日は、空を声に変えず、そのまま閉じる。

待つだけで残る言葉より、自分で届ける不格好な一文の方が、相手の扉を開けることがあると知ったからだ。