錆びる田植え

樫尾稔生は、膝を替え、腰を替え、最後に皮膚を替えた。農業管理AIは、彼を「全天候型作業者」と認定した。

雨でも猛暑でも、稔生は田へ出た。土の湿り気は足裏ではなく数値で分かり、稲の病気は目に出る色で判別できた。収穫量は父の代の二倍になった。

その代わり、季節が分からなくなった。

人工皮膚は暑さも寒さも一定にし、鼻のフィルターは泥と草の匂いを除いた。妻が「今年の風は秋らしい」と言っても、稔生には風速三・二メートルとしか感じられなかった。妻は食卓へ季節の花を飾り、初物を一口ずつ皿に載せた。稔生は栄養値を確認して食べ、妻が何を伝えたかったのか考えもしなかった。

妻が亡くなったあとも、田だけは完璧だった。法事の日にも最適作業時刻の通知が来て、稔生は墓参りを途中で切り上げた。

孫娘が遊びに来て、納屋の古い麦わら帽子を見つけた。

「おじいちゃん、昔は汗をかいたの?」

「たぶんな」

答えた自分の声が、機械より空っぽに聞こえた。

その夏、予報にない夕立が来た。管理AIは腐食防止のため退避を命じた。稔生は田の真ん中で立ち止まった。

雨粒が人工皮膚を叩き、警告が鳴った。温度は伝わらない。それでも関節の隙間へ水が入り、古い部品が軋んだ。錆の匂いだけが、フィルターを越えてわずかに届いた。

稔生は帽子を脱いだ。

翌朝、関節に浮いた赤茶色の錆を見て、稔生は不思議に嬉しかった。身体に季節が残した最初の跡だった。修理には高い費用がかかり、その年の利益は消えた。農業AIは非合理的行動として記録した。

翌春、稔生は田の隅に小さな区画を作り、センサーを置かなかった。苗の間隔も不揃いで、収穫は少なかった。孫娘と裸足で入るための田だった。

もちろん稔生は裸足になれない。金属の足で泥を踏み、孫娘に感触を尋ねる。

「冷たい。ぬるぬる。ちょっと気持ち悪い」

そのたび稔生は笑った。

感じられないものを、誰かの言葉で想像する。完璧な身体になる前より、彼は季節を大切にするようになった。