録音を止めない

深夜ラジオの相談コーナーで、三本目の電話だけ空気が変わった。

加納央花は番組ディレクターとして、放送を滑らかに続けることを優先する。パーソナリティの真壁依佐は、不快な言葉を笑って流すのは共犯だと言う。二人は生放送のたび、切る線をめぐって揉めていた。

電話の男は相談をするふりで、依佐の年齢と容姿を品定めし始めた。央花は回線を切るボタンへ指を置いた。依佐は話を遮り、「それは相談ではありません」と言った。

男は怒鳴り、依佐の本名と所属事務所を口にした。公開していない情報だった。

央花は回線を切った。依佐は次の曲を紹介し、声を乱さなかった。曲が流れると、スタジオの外からプロデューサーが言った。

「録音は消そう。話題になると面倒だ」

央花はいつもなら、不必要な部分を切って番組を守る。依佐は記録を残したいが、音声が広まればまた聞かれる。どちらが本人を守るか、すぐには決められない。

保存終了まで十秒という表示が出た。プロデューサーが削除キーへ手を伸ばす。

央花は卓上の複製ボタンを押した。依佐も同時に、自分の端末で収録データを保存した。公開するためではない。警備会社と事務所へ渡す証拠を、二か所に残すためだった。

曲が終わるまで、あと三十秒。央花は次の台本を依佐の前へ置き、依佐は赤ペンで相談コーナーを一本減らした。長い励ましはない。央花は帰りの車を手配し、依佐は受付へ男の発言時刻を送った。

次の曲間で、央花は相談募集の画面から個人情報を読み上げさせる項目を外した。依佐は台本の余白に、危険を感じたときの合図を一つ書いた。番組の空気を壊さず助けを求めるためではない。空気より先に、二人が同じ判断へ移れるようにするためだった。

放送は最後まで続いた。

終了後、央花は今も番組を止めないことが自分の役目だと思っている。依佐も、止めるべき言葉はあると思っている。

暗い副調整室で、二つの保存完了表示が光った。二人はそれぞれの画面を閉じ、同じ時刻を書いた記録用紙へ署名した。