鍵のない離宮
ノエンが与えられた離宮には、内側にも外側にも鍵がなかった。
幼い頃、政敵から守るという名目で塔へ閉じ込められた彼は、鍵の音を聞くだけで眠れなくなる。
皇帝カリドラスは、離宮の錠前をすべて外させた。
「警備が不可能です」と近衛隊長が訴える。
「余が隣にいる」
大陸中が恐れる皇帝の答えに、隊長は黙った。
夜になると、廊下の灯りは三つだけ残る。多すぎると眠れず、暗すぎると不安になるというノエンの好みを、カリドラスだけが覚えている。
「三つで足りるか」
「はい」
ある日、反乱の噂を理由に、宰相が離宮へ監禁命令を持ち込んだ。
「ノエン殿下を保護いたします。外出は鎮圧まで禁じます」
ノエンの顔から血の気が引く。
「嫌です」
宰相は皇帝へ低く進言した。
「陛下が最も大切にされる方だからこそ、閉じ込める必要がございます」
カリドラスは命令書を一読し、暖炉へ入れた。
「大切だから、閉じ込めない」
「暗殺者が狙っております!」
「守れ。閉じ込めずに」
宰相は扉へ新しい錠を取りつけるよう衛兵へ命じた。皇帝が指を鳴らすと、錠だけが溶けた。
カリドラスはノエンへ尋ねる。
「今夜、ここにいるか。市街の宿へ移るか。宮殿を出てもいい」
「離宮にいます。でも庭へ自由に出たい」
「そうしろ」
「陛下、逃亡されたら」と宰相が言う。
皇帝は冷たい目を向けた。
「逃げる必要のある場所にした者を処罰する」
その夜、離宮の門は開いたまま警備された。
全近衛へ、皇帝の命令が下る。
警備は扉の前ではなく、庭の外周へ移された。見張られている感覚が苦手だとノエンが言うと、カリドラスは巡回時刻まで紙に書いて渡す。
「予定を変えるときは先に知らせる」
「私が一人で町へ出たい日は?」
「道だけ調べる。同行は頼まれたときだけだ」
皇帝の不安を消すための護衛ではなく、ノエンが選べる安全策へ改められた。
ノエンは予定表を自分の机へ置いた。管理されるための紙ではなく、断る準備をするための紙だった。
「ノエンの保護を名目とする施錠を禁ずる。余の不安より、彼が扉を自分で開けられることを優先せよ」