鍵を渡された花嫁

ネレアは、鍵の掛かる部屋で眠れない。

隣国の人質だった三年間、窓のない塔へ閉じ込められた。帰国後も扉が閉まる音だけで、喉が乾く。

婚約者のバルタザール公爵は事情を尋ねなかった。彼女が客室の床で朝を迎えた翌日、屋敷中の寝室から外鍵が外された。内鍵も、鍵穴へ差したままにされた。

「危険では?」

執事が問うと、公爵は冷たく答えたという。

「彼女が閉じ込められる危険より小さい」

敵には容赦がなく、捕虜の偽証を一目で見抜く男。けれどネレアの部屋へ入るときだけ、三度ノックして返事を待つ。

冬至祭の夜、王宮に暗殺予告が届いた。

警備隊長は貴族の女性たちを安全室へ避難させる。厚い石壁、窓なし、外から掛ける一本の鍵。

「少しの間です」

ネレアの足が止まった。

バルタザールは廊下の反対側で犯人候補を尋問していた。呼べば迷惑になる。皆と入ればいい。昔とは違う。

そう言い聞かせた瞬間、安全室の扉が閉まり始めた。

「開けろ」

冷たい声が響く。

バルタザールが衛兵を押しのけた。警備隊長が説明する。

「閣下、命を守るためです」

「本人の同意は?」

「非常時に選んでいる暇はありません」

バルタザールは鍵を抜き、ネレアの掌へ置いた。

「ならば、この部屋へ入るかどうかも、鍵を掛けるかどうかも彼女が決める」

「外にいれば標的になります!」

「私が守る。だが守ることを理由に閉じ込めない」

王太后が不快そうに言った。

「公爵夫人になるなら、夫の指示に従う覚悟も必要でしょう」

バルタザールは一礼もしなかった。

「私の妻になるかどうかも、まだ彼女の選択です」

彼は廊下の窓を開け、庭へ続く非常階段を示した。安全室、広間、屋外。どの道も塞がない。

「どこにいたい?」

ネレアは掌の鍵を見つめた。重い鉄なのに、今まで持ったどの鍵より軽かった。

「広間に戻ります。扉は開けたままで」

「承知した」

警備隊長がなおも抗議する。

「命令系統が乱れます!」

バルタザールはネレアの前ではなく、彼女の半歩後ろに立った。

「今夜の最優先命令だ。ネレアが閉めると言うまで、王宮の扉を一枚も彼女の背後で閉めるな」