閉店後の二人前

逸世は商店街の惣菜屋を七時に閉める。伴侶の保月は向かいのクリーニング店を七時半に閉める。二人は三十年、どちらかの店先で、遅いほうの帰りを待ってきた。

その日は惣菜がきれいに売れ、残ったのは蓮根のきんぴら一皿だけだった。逸世はシャッターを半分下ろし、店の奥で二人分の茶を淹れた。揚げ油を落としたあとの店には、醤油と牛蒡の香りが静かに沈んでいる。

向かいでは、保月が最後の客のワイシャツを包んでいた。白い紙を折り、テープを留め、頭を下げる。ガラス越しの動きは無声映画のようだ。逸世は急かさず、湯呑みを一つ伏せて保温した。

七時四十二分、保月が店の灯を消した。横断歩道を渡るほどでもない細い道を、左右を確かめて渡ってくる。

「今日も待たせたね」

「茶がちょうど飲み頃」

逸世は伏せていた湯呑みへ茶を注いだ。二人できんぴらをつまむ。冷めた蓮根は歯ごたえが増し、唐辛子があとから舌を温めた。

保月は今日預かった服の話をし、逸世は売れたコロッケの数を話す。毎日よく似ていて、少しずつ違う。表では街路灯が点き、店の看板を淡く照らしていた。

帰るとき、二人はそれぞれのシャッターを確かめる。油の匂いがする逸世の上着と、洗剤の清潔な匂いがする保月の袖が触れた。家までは五分。待つ時間より短い道を、二人はいつもの速さで歩いた。

家に着くと、保月は店から持ち帰った針金ハンガーを揃え、逸世は翌日の仕込み表を冷蔵庫へ貼った。商売の続きをしているようでいて、二人とも手を止める時刻を知っている。保月が湯を沸かし直すと、茶葉の香りが今度は家の台所へ広がった。惣菜屋の茶より少し薄い。それでも逸世は同じ湯呑みを両手で包み、向かいの席が埋まっていることを確かめるように、ゆっくり飲んだ。

明日も片方が少し先に閉め、少しだけ待つ。茶葉の蒸れる数分を、二人は三十年かけて上手に分け合っていた。

店と家のあいだに、今日も温かな余白が残った。