開票者への投票
朱雀院菫は、投票用紙へ〈開票者〉と書いた。
相馬口司は眉を寄せ、越智郷乃は候補名簿をめくる。
「そんな参加者はいないわ」
「これから生まれる」
三人の背後には、白い手袋をした係員が一人立っている。彼は投票終了後、封筒を開き、票を読み上げる役だ。
規則は一つ。
〈投票終了後、最初に他人の投票内容を見た人物を裏切り者とし、その人物へ投票していた者を解放する〉
投票は秘密であり、誰にも見せてはならない。三人は、誰かが横目で他人の用紙を盗み見ると考え、互いを警戒した。司は郷乃へ、郷乃は司へ票を入れる。
菫だけは、開票という手続きそのものを見た。
誰も盗み見なければ、最初に他人の票を見るのは、封筒を開く係員だ。規則は参加者へ投票せよとも、本名を書けとも言っていない。役割で人物を指定しても、集計時には一人へ定まる。
『係員は職務として票を確認します。盗み見ではありません』
「規則は『盗み見た』じゃなく、『見た』。目的を問う言葉じゃない」
白手袋の係員が動きを止めた。封筒を開かなければ集計できず、ラウンドも終わらない。開けば自分が裏切り者になる。
残り時間は、投票終了後の開票に一分だけ。主催者が遠隔で封筒を切ろうとしても、用紙を視認するカメラの前には係員の目がある。彼が最初に見る事実は変わらない。
「目を閉じて開け」と司が言う。
菫は首を振った。
「読み上げるには、いつか見る。その瞬間、最初になる」
係員は諦めたように一通目を開いた。菫の〈開票者〉という三文字を目にする。
〈最初の閲覧者、開票係・砂金俊〉
〈裏切り者に指定〉
〈朱雀院菫の投票先、開票者――一致〉
菫の首輪が外れた。
係員は青ざめて主催者席を見る。菫は彼を責めなかった。
「あなたが裏切ったんじゃない。主催者が、秘密投票と開票を同じ規則へ押し込んだ」
出口が開く。
「誰にも見せるなと言いながら、見なければ数えられない。その矛盾に、人を立たせたのが敗因よ」
未開封の二通が、秘密のまま卓上に残った。