雨の日の内見
鬼塚壮馬は、共同住宅《雨庭》の玄関で傘を開いたまま振った。
「床、濡れたよ。受付の人、拭いて」
宮守依子は傘袋を差し出した。
「こちらをご利用ください」
「先に出せば済んだだろ。サービスが遅い」
《雨庭》は、十二世帯が中庭と菜園を共有する小さな分譲住宅だった。雨水を植栽へ戻し、共用工房を住民で管理する。購入希望者には内見のほか、暮らし方についての面談がある。
鬼塚は最上階を見て回り、共用廊下へ靴跡を残した。
「菜園はいらないから、俺の駐車場に変えよう。管理費を多く払えば文句ないよね」
「共用部分の変更は、住民全員の合意が必要です」
「金を出す人間の意見が強いのは当然だろ」
中庭では、住民が雨水タンクの点検をしていた。幼い子が落とした軍手を、隣の家の老人が拾って渡している。鬼塚は窓越しに見て、「ああいう作業は管理人にやらせればいい。子どもの声も規約で止めよう」と言う。
面談室に入ると、彼は濡れた上着を共用図面の上へ置き、依子へコーヒーを命じた。
「私は案内担当ですので、セルフサービスを――」
「受付が客に口答えする物件か。まあ、買ったらスタッフは替えさせる」
鬼塚は預金残高の写しを机へ置いた。
「現金一括。ほかの申込者より確実だ。値引き案を持ってきて」
依子は書類を返した。
「《雨庭》では、価格交渉の前に入居審査があります」
「審査? ローンも使わない俺を誰が審査する」
面談室の扉が開き、先ほど中庭にいた住民たちが入ってきた。パン職人、看護師、退職した教師、双子を連れた夫婦。十二世帯の代表だった。
依子は受付用の名札を外す。その下には《設計者・管理組合理事長》と記されていた。
「価格ではなく、共有物を一緒に守れる方かどうかを、ここでは住民が決めます。内見中の応対も審査の一部です」
鬼塚は笑い、預金残高の紙をもう一度押し出した。紙の端から、中庭の配置図へ雨水がにじんだ。
「結局、条件次第だろ」
依子は投票箱を開けた。入っていた十二枚すべてに、同じ印がある。
「入居審査は、全会一致で否決です」