雨宿りの冥府犬

黒い雨の夜、冥府犬が宿場町の門を叩いた。

一度目で鉄扉がへこみ、二度目で見張り塔が揺れる。三度目が来る前に、門番たちは武器を捨てて逃げた。

冥府犬は死者を迎えに来る。

そう語られていたから、町の者は家族の名を数え、誰が連れていかれるのかと震えた。

仕立屋のカヤは、二階の窓から門の外を見た。

稲妻に照らされた黒犬は、牙を剥いていない。背を丸め、尾を腹へ巻き込み、雨に打たれていた。

死者を迎える獣なら、雨を避けて軒下へ鼻を差し込むだろうか。門を叩いたあと、返事を待つように耳を立てるだろうか。三度目の前脚は持ち上がったまま、力なく地面へ戻った。

また、門を前脚で掻く。

音は恐ろしいが、仕草は濡れた野良犬と同じだった。

「入れてほしいだけじゃない」

カヤは店にあった一番大きな防水布を抱え、門の小扉を開けた。

町長が止める声を背に、泥の中へ出る。

冥府犬の目は青い炎のようだった。

近づくと、濡れた毛が鎧のように固まり、身体が細かく震えているのが分かる。冥府の炎を持つ神獣でも、冷たい雨は冷たいのだ。

「噛まないでね。これはお客さま用じゃないから、破られると困るの」

冥府犬の背へ防水布をかける。

大きすぎると思っていた布が、肩を覆うだけで尽きた。カヤは店まで誘い、暖炉前の絨毯を空ける。

桶の湯で布を絞り、耳から順に泥を拭う。

黒い毛の下には銀色の柔らかな下毛があった。首元には枯葉、腹には小枝まで絡みついている。カヤが櫛で一つずつ外す間、冥府犬は暖炉を見つめたまま瞬きもしなかった。

指先が触れるたび、震えが少しずつ弱くなる。やがて尾の先が絨毯を一度だけ叩き、町の誰も聞いたことのない控えめな音を立てた。

町長たちが窓から覗く中、冥府犬は暖炉へ腹を向け、長い息を吐いた。青い炎だった目が、穏やかな夜色に変わる。

カヤが最後の布を干そうと立つと、前脚が裾を押さえた。

「まだ?」

座り直した彼女の膝へ、巨大な顎が落ちる。

ずぶ濡れだった毛は火のそばでふくらみ、掌の下から静かな熱を返した。腿が痺れるほど重いのに、その重さは、今夜ここを安全な場所と選んだ証のようだった。