雨戸を閉める順番
二階堂遥紀が珠緒の家へ来たのは、台風が上陸する日の昼だった。
珠緒は遥紀を十六から二十歳まで預かった里親だ。遥紀が就職して家を出たあと、連絡は年に一度へ減った。珠緒が里親を辞め、家を売ると聞いても、引っ越し先は尋ねなかった。
「南側から閉めるよ」
「風は東からだろ」
「この家は南の雨戸が固い。雨が来てからじゃ動かない」
二人は庭へ出た。珠緒は遥紀が高校で使った黄色い雨合羽を持ってきた。袖は短かったが、遥紀は新しい物を取りに戻らず、それを着た。背中に消えかけた名字が残っていた。雨戸の戸袋には砂が溜まり、引くたび金属が鳴る。遥紀が上を持ち上げ、珠緒が下の溝をブラシで掃いた。
三枚目が途中で止まった。力を入れると、戸車が外れた。
「もう板を打ちつける」
「売る家に穴を開けるな」
「買う人が直す」
「住んでるうちは、そっちの家だろ」
遥紀は雨戸を外し、軒下へ寝かせた。錆びた戸車へ油を差し、ペンチで軸を戻す。珠緒は雑巾で溝を拭いた。
「次の家、どこ」
「駅の反対側。二階」
「階段?」
「まだ上れる」
「荷物は」
「減らす」
珠緒は短く答えた。遥紀の部屋だった場所も、すでに空だという。彼が置いていった漫画も、壊れた扇風機も処分したらしい。
直した雨戸を戻すと、片手で閉まった。珠緒は内側から留め金を掛け、遥紀は外から隙間へ新聞紙を詰めた。役割を入れ替えながら、家の周りを一周した。最後の一枚まで終えたころ、雨が横殴りになった。
玄関へ入る前、遥紀は庭の自転車に気づいた。珠緒が買い物に使う古い自転車だ。
「外じゃ倒れる」
「物置はいっぱい」
「俺の車に積む」
二人で前輪を外し、後部座席へ載せた。珠緒は「台風が過ぎたら戻して」と言う。
遥紀は新居の住所を聞き、ナビへ入力した。
「そっちに運ぶ。ついでに荷物も」
「仕事は?」
「休みを取る」
「いつ」
「引っ越す日」
雨戸の向こうで風が鳴った。遥紀は車の鍵を玄関の皿へ置いた。今夜ここから逃げる必要があれば、珠緒が使えるように。
自分の靴は上がり框の端へ寄せた。台風が過ぎるまでではなく、引っ越しの日にも見つけられる場所へ。