雨音だけの勤務表
直子は雨の日になると、フリーランス仲間の売上報告を読む。
外へ出られない午後、仕事用コミュニティには〈今月六十万達成〉〈単価を上げました〉という投稿が流れる。直子は祝福の絵文字を押しながら、自分の請求書を開いた。数字が小さく見えると、休憩時間まで削って案件を詰めた。
投稿者の働き方も、扶養の有無も、住んでいる場所も知らない。それでも直子は数字だけを同じ物差しに載せた。売上が高い人の作業時間を想像し、自分の一時間を安く見積もる。依頼を断れば、向上心のない人として置いていかれる気がした。実際には、受けた仕事を夜中まで引き延ばし、翌日の作業を遅らせることが増えていた。比較は背中を押すより、予定表の隙間を奪っていた。
その月は、三日続けて頭痛がしていた。それでも空いた一枠へ短納期の依頼を入れようとしていた。依頼文には「経験になると思います」とあり、報酬は普段の半分だった。
直子は断る文章を書き、コミュニティの売上報告を一つ読むたび削った。あの人なら受けて実績にする。別の人なら二時間で終える。比較するたび、自分の「難しいです」が怠けに見えた。
窓に大きな雨粒が当たり、勤務表のセルが青白く光る。今週の予定はすでに埋まっている。空いて見える一枠には、ただ「休憩」と書いていないだけだった。
直子は売上報告のチャンネルを退会しなかった。代わりに、一か月だけ通知を止めた。それから依頼への返信を開く。
〈今週は作業時間を確保できないため、お受けできません〉
経験の不足も、体調も、他の案件数も説明しない。送信すると、勤務表の空白へ「昼食」と入力した。
断った瞬間に頭痛が消えることはなかった。収入も増えない。雨もまだ強い。それでも直子は、空白を他人の数字で埋めるのを一度やめた。
十二時半、パソコンを閉じ、冷凍していたご飯を温める。通知の鳴らない机に、雨音だけが一定の間隔で落ちていた。勤務表には、青い文字で「昼食」と残っていた。