零時の雑誌棚
青依が二十九歳になった瞬間、コンビニの時計は一分遅れていた。
スマートフォンは午前零時を示している。レジ上のデジタル時計は二十三時五十九分。どちらを信じても、店内は同じ白さだった。
誕生日を一人で迎えるのは初めてではない。
けれど今年は、零時になれば誰かから連絡が来るような気がしていた。根拠はなかった。学生の頃のように日付が変わるのを待つ年齢でもない。それでも画面を伏せては戻し、通知のない明るさを何度も確かめた。
青依は雑誌棚の前に立った。
空調の風で、料理雑誌の端が小さく震えている。ファッション誌の表紙には「新しい私」と大きく書かれていた。来月号の予告は、もう次の季節を話している。
レジ上の時計が零時になった。
店内放送が途切れ、冷蔵ケースのモーターだけが低く残る。
そのとき、少し離れた飲料棚で誰かが言った。
「日付、変わった」
青依へ向けた言葉ではない。
若い男性がイヤホン越しに電話をしていた。相手の声は聞こえない。男性は缶コーヒーを一本取り、「うん、おめでとう」と続けた。
青依は雑誌へ視線を戻した。
知らない誰かの誕生日が、同じ店の別の通路で祝われている。羨ましいような、どうでもいいような、薄い感情が胸を横切った。
スマートフォンはまだ静かだった。
青依は雑誌を戻し、デザート棚で小さなロールケーキを選んだ。ろうそくは買わない。代わりに、いつもなら高いと思って戻す紅茶を一本取った。
レジでバーコードが二度鳴る。
会計中、スマートフォンが震えた。
見ると、通販アプリの誕生日クーポンだった。青依は笑いそうになったが、笑わなかった。通知を消し、画面を伏せる。
部屋へ戻ると、零時十二分だった。
ロールケーキを皿へ移し、紅茶をグラスへ注ぐ。冷蔵庫の音が止まり、部屋が静かになる。
祝われないことと、生まれた日がなくなることは違う。
青依はフォークを刺した。クリームは思ったより甘かった。
連絡は朝になれば来るかもしれないし、来ないかもしれない。二十九歳の最初の夜に、それを判定しなくてもいい。
青依はスマートフォンを裏返したまま、ロールケーキをゆっくり食べた。
今夜の誕生日は、一人で始めても壊れない。