零番線に乗らないで

駅前で歌っていた鋳原レムが零番線の線路で死んで一年。命日の終電後、彼のアカウントから一曲が予約公開された。

駅員の水守絢子は、人気のない改札で通知を開いた。レムの小さなライブには毎晩、帰れない高校生や夜勤明けの作業員が集まった。駅の規則では迷惑行為でも、絢子にはあの歌がもう一つの待合室に思えた。タイトルは『0番』。ジャケットには、存在しないはずの行先表示が写っている。

イントロは駅の音だけでできていた。改札機、点字ブロックを擦る靴、遠ざかる列車。そこへレムの細い声が入る。

「乗らないで」

生前、彼は家出した若者へよく言っていた。終電に間に合っても、行く場所がないならここで歌を聴け、と。絢子は規則違反を承知で、零番線脇の通路を貸したことがある。

曲の再生数は、終電を逃した人々へURLが拡散されるたび増えていく。画面には零番線の黄色い線だけが、心電図のように伸びていた。

警察はレムの死を自殺とした。防犯カメラは点検中で、零番線に車両が入る予定もなかった。駅長の蜂須賀は「勝手に線路へ降りた」と説明した。

Aメロの背景で、絢子は聞き慣れない三音のチャイムに気づく。旅客用ではない。保守車両を緊急入線させる時、指令室だけで鳴る確認音だ。

「急いで決めないで」

サビ直前、蜂須賀が事務室から飛び出した。

「止めろ。内部音源の無断使用だ」

絢子は再生を止めなかった。曲の最後に、指令無線がそのまま残っていた。

――零番、予定を十五分繰り上げる。

――作業員の退避確認は?

――私が見た。入れろ。

返答した声は蜂須賀だった。レムの死亡推定時刻と、繰り上げられた入線時刻が重なる。彼は通路で行われていた不正な荷物の受け渡しをレムに見られ、保守車両を動かしたのだ。

最後の一音と同時に、画面へ字幕が出る。

〈その自殺という話に、乗らないで〉

「乗らないで」

同じ言葉が、初めは列車への注意に聞こえた。

最後には、死者へ押しつけられた筋書きから降りろと、残された者へ求める合図になった。