震えを巻き取る糸巻き
古道具店〈針の休み場〉には、剣も宝石も置いていない。
店主セルダが集めるのは、名も残らない職人の道具ばかりだった。擦り減った指貫、曲がった鋏、芯だけ残った糸巻き。冒険者には地味だと笑われるが、王都の暮らしを支えるのはそうした品だと、セルダは信じていた。
老仕立師エルティクが、破れた竜騎士外套を抱えて訪れた。
彼の右手は休みなく細かく震えている。
「明朝までに、この裂け目を縫えなければ、本当に工房を追われる」
四十年勤めた工房で、若い支配人から「老いは不良品だ」と言われた。外套の竜鱗布は、一針でも曲がれば魔力が漏れ、騎士を炎から守れない。
「若返りの指輪はありませんか」
「ありません。震えを恥じずに使う道具ならあります」
セルダが出した木の糸巻きは、片側が歪んでいた。
「針を刺す瞬間だけ、手の揺れをこちらへ巻き取ります。震えが消えるのではありません。糸巻きが代わりに揺れます」
エルティクが糸を通す。右手が震えるたび、卓上の糸巻きがくるりと回った。針先だけは一本の光線のように安定し、硬い竜鱗の隙間へ正確に入る。
一針、二針。縫い目は若い頃より遅い。それでも一つも乱れない。
「速くはならないのか」
「速さを売る品ではありません」
老人はしばらく黙り、やがて笑った。
「四十年、速さで負けるのが怖かった。だが、俺が売っていたのは縫い目だったな」
夜明け前、エルティクは完成した外套を見せに戻った。工房の検査火を完全に遮り、支配人は解雇を撤回したばかりか、竜鱗布の主任職を返したという。
彼は値札分の金貨と、古い指貫を一つ置いた。
「これは買い取りだ。俺が最初の十年に使った物だ。次に手を疑った職人へ渡してくれ」
セルダは指貫を無料では受け取らず、銅貨一枚を老人の手へ握らせた。
「古道具には、正しい仕入れ値を払います」
糸巻きを懐へ収めた仕立師が背筋を伸ばして去る。
セルダが指貫へ新しい値札を結んだところで、二度目のドアベルが鳴った。