青の校正紙

広告制作会社へ入った倉橋由良が初めて一人で入稿したパンフレットは、刷り上がると、海の青が紫になっていた。

納品箱を開けた取引先の担当者は、見本を机へ叩くように置いた。

「うちは海辺のホテルです。この色では夕方の沼に見える。五千部、どうするんですか」

由良のモニターでは、指定どおり澄んだ青に見える。営業はすぐ、「印刷では多少色が変わります」と説明した。上司も小声で、「プリンター側の調整ということで、値引き交渉」と言った。

由良は、先方が承認した校正PDFと、印刷所へ送った最終データを並べた。画像の数値は同じ。だが書き出し履歴を見ると、最終版だけ海外向けの色変換設定が使われていた。由良が前任者のテンプレートを複製した際、設定まで引き継いでいたのだ。

印刷所のミスではない。

「再印刷の前に、紙で色校正を出させてください。変換設定はこちらで誤りました」

上司は表情を固くした。「新人が断定するな。印刷所も少しは負担させられる」

「負担を分けても、青は戻りません」

由良は取引先へ、画面と紙で色が違う一般論ではなく、今回の変換履歴を示した。先方が最初に指定した空と海の写真、承認PDF、印刷データの三つを同じ表に並べ、どの工程で紫へ寄ったかを示す。再印刷費用の社内負担案と、色校正を一回追加する工程も提出する。担当者は怒りを消さなかったが、数値と日程を見て「では、この青を紙で確認してから刷ってください」と言った。「謝罪だけより、どこで変わったか分かるほうが判断できます」とも付け加えた。

夜、由良は修正版を作った。机の照明を落とし、標準照明だけをつける。モニターだけを信じず、校正紙と見比べた。青は画面より少しくすんでいたが、海の色だった。

入稿ボタンの横に、営業からメッセージが届く。

〈次の案件は納期優先。色校正なしで頼む〉

由良は返信欄へ、工程を増やせば一日遅れること、その代わり再印刷の危険を減らせることを書いた。最後に一文を足す。

〈私が担当する印刷物は、色校正を見てから入稿します〉

修正版と新しい見積書を同時に送信した。