青み一滴の勝負紅
人気女優サルメラの笑顔が、舞台では不評だった。
新作の紅は鮮やかな朱色なのに、魔導灯の下では歯が黄ばんで見える。初日の新聞は《老いた姫君》と書き、前売り券は三百枚返された。劇場化粧師は白い歯粉を厚く塗ったが、台詞を一つ言うだけで唇へ付いた。
色彩設計をしていた転生者イスカラは、歯には触れなかった。紅の色を変えた。
彼は同じ赤へ、ごく少量の青みを持つ紫花顔料を加えた。朱色より暗く見えるため、化粧師たちは失敗だと笑う。
イスカラは白い象牙板を二枚並べ、片方を朱色、片方を青みの赤で囲んだ。中央の白は同じなのに、朱色に囲まれた板は黄み、青みの赤に囲まれた板は澄んだ白に見えた。
「目の錯覚で客が戻るものか」
劇場主は吐き捨てた。サルメラは唇の右半分へ従来紅、左半分へイスカラの紅を塗り、魔導灯の下で笑った。鏡の中では左側の歯だけが一段明るく見える。白粉も歯粉も増やしていない。
全体を青みの赤へ塗り替えると、肌まで透明に見えた。薄布で三度押さえても色は濁らず、温かいスープを飲んでも歯へ付かない。
夜の公演でサルメラが最後に笑った瞬間、客席から息を呑む音がした。終演後の新聞速報には《月光より白い微笑》と一行だけ載る。翌朝、返品された三百席はすべて売れ、立見札までなくなった。
化粧師は女優の歯を特別に磨いたのだと言い張った。サルメラは舞台上で濡れ布を受け取り、歯を拭く。布には何も付かなかった。変えたのは紅だけだと、千人の前で証明された。
舞台裏では、同じ青み紅を試した合唱団の十人も歯粉を使わず笑っていた。化粧時間は一人六分短くなり、白い衣装へ歯粉が落ちる事故もゼロ。衣装係は廃棄予定だった白布三十枚を棚へ戻した。
劇場主は朱色の在庫契約を破り、イスカラの小瓶を掲げた。競合劇場の使者が金貨袋を差し出したが、サルメラはその前へ自分の予約札を置く。昨日まで彼を雑用と呼んだ化粧師たちは、青みの配合札を借りるため列を作った。
「新色四百本。全主演の勝負紅を君が作れ」