音量三の報告

椎橋実佳は、課長が残業時間を書き換えるところを見た。

共有表の四十八が二十九になり、修正履歴から課長の名前が消された。画面を保存したが、人事へ送れずにいる。告発したと知られれば、次の契約更新はないかもしれない。けれど削られた十九時間は、実佳だけのものではない。隣の席の後輩の表も、同じ比率で短くなっていた。

「拍手堂」の奥で、黒い紙袋に入ったパンクバンドのEPを見つけた。表には白い塗料で『音量三以上』と殴り書きされている。

「三って、小さくないですか」

店主はアンプのつまみを指した。目盛りは十まである。

「この店では三でも十分です」

針を落とす。ギターが一音鳴った瞬間、棚の薄いビニールが震えた。録音は荒く、歌詞の半分は聞き取れない。それでも声が小さいとは思わなかった。

二曲目の途中で、右側に周期的なノイズが入った。店主はすぐ盤を止め、ルーペで溝を見る。値札を外し、赤ペンで〈右チャンネル周期ノイズ〉と書き足した。値段も百円下げる。

「黙っていれば、分からないかもしれませんね」

実佳が言った。

店主は新しい値札を貼りながら答えた。

「検盤したので、こちらは分かっています」

それだけだった。

実佳はレジ台の端で、保存した画像を開いた。修正前の四十八時間、修正後の二十九時間。履歴を消した時刻。自分は見た。見た以上、知らなかった側には戻れない。

人事の通報フォームに画像を添付する。

実名欄で指が止まる。匿名でも送れるが、調査で連絡が必要になる。実名を入れれば、守られる保証はない。入れなければ、確認不足で閉じられる可能性がある。実佳は契約番号と氏名を入力した。文章は大きくしない。事実を三項目だけ書く。

店主がEPを包む前に、値札の記載を読み上げて確認した。

「右チャンネルにノイズ。よろしいですか」

「はい」

実佳は通報画面にも、同じように確認の目を通した。

誇張なし。抜けなし。送信。

音量は三だった。

それでも、報告は確かに届く大きさで鳴った。