風穴の太鼓

マハルの太鼓には、親指ほどの穴が一つあった。

獣皮の縁に開いた風穴は、近くで叩けばただの傷に聞こえる。だが深い谷を隔てると、四打目だけが風に食われる。三つ響き、一つ消える。その反復が、密林砦への命令だった。

『東の隠し門を月の頂で開け』

砦側には、三打を聞き間違えれば門を開けないという決まりもある。二度なら偶然、三度なら命令。マハルは肩を斬られても、三度目まで同じ間を守らねばならない。

風穴は朝、自分で焼き鏝を当てて開けた。太鼓が死ねば合図が生きる。楽人にとっては、指を切るより重い細工だった。

マハルは敵軍の葬列に紛れた。昼の戦で死んだ千人長を運ぶ列で、楽人が一人足りなかった。彼は道端で倒れていた本物の太鼓打ちから、腰布と太鼓を奪った。男はまだ息をしていたが、敵だった。息を止めるまで待つ時間はなかった。

葬列は敵陣を横切り、密林砦の対岸にある火葬台へ向かう。砦の物見が音を聞ける唯一の道だ。

最初の柵で、マハルは低く四つ叩いた。ドン、ドン、ドン、ドン。近くの兵には同じ音。谷の向こうでは最後だけ消える。

二つ目で、敵の楽長が振り返った。

「その太鼓、皮が逃げている」

「死者の魂が出る穴です」

「我らの太鼓にそんな作法はない」

楽長は手を伸ばし、風穴へ指を差し込んだ。穴を塞がれれば、命令はただの葬送になる。

マハルは太鼓を強く打った。皮が沈み、楽長の爪を挟んだ。男が怒鳴る前に、棺がぬかるみへ傾いた。担ぎ手たちが支え、列が乱れる。マハルは混乱に紛れて前へ出た。

火葬台まで、あと百歩。

敵将の近習が列を止めた。

「月が雲に隠れた。火葬は明朝に延ばす」

明朝では遅い。砦は夜明けに落ちる。

マハルは棺の前へ座り、その場で太鼓を叩き始めた。三打、一つの無音。三打、一つの無音。近習が刀を抜く。

「誰が叩けと言った」

「死者です」

刃が肩へ入った。それでも手を止めない。谷の向こうへ届くまで、同じ形を三度繰り返す必要がある。

二度目。血が太鼓の皮へ散る。

三度目の四打目に、近習の刀が皮を貫いた。太鼓は裂け、二度と鳴らなかった。

しばらく、谷には何も返らない。

やがて密林砦の東壁で、一本の松明が円を描いた。

月が雲から出ると同時に、蔦に隠された東門が開き始めた。