髪の毛を入れた手

創作料理店で、椿洞魁人はスープを半分飲んだところで叫んだ。

「髪の毛が入ってる! こんな店、営業停止だ。会計は全部無料、慰謝料として十万円出せ」

皿の縁には、長い赤色の髪が一本載っていた。調理スタッフは全員、短い黒髪を帽子とネットで覆っている。

店員が厨房記録を確認すると伝えると、椿洞はスマートフォンで顔を撮り始めた。

「謝罪より言い訳か。保健所へ行く前に、店長を土下座させろ」

隣の席にいた、坊主頭で黒い開襟シャツの男が箸を置いた。八雲坂景久。頬に大きな傷があり、椿洞はカメラを向けた。

「怖い人を出して黙らせる気か」

「客です。それから食品衛生のコンサルタントです」

八雲坂は自分の頭を撫でた。

「赤い長髪なら、私のものでも厨房のものでもありませんね。あなたの右手から落ちるところを見ました」

椿洞は、証拠があるのかと笑った。

同席していた知人が配信していた動画を止めた。画面には、椿洞が財布の透明袋から赤い髪を取り出し、店員が背を向けた瞬間にスープへ入れる姿が映っていた。

知人は青ざめて言った。

「無料にできる裏技だって聞かされて……。俺は知らなかった」

椿洞は動画を消せと怒鳴り、知人の端末へ手を伸ばした。

八雲坂が間へ入る。

「触らない。映像は店の被害を示す資料です。保健所へ虚偽の申告をして行政対応を妨げれば、さらに話が大きくなります」

店長は会計無料を拒み、スープと破損した食器代を含む請求書を出した。椿洞が机を叩いた際、皿が一枚割れていた。

さらに過去の予約履歴を調べると、同じ名義で三店舗へ異物混入を訴え、無料提供を受けていた。運営会社は全店での利用拒否と、警察への相談を決めた。

椿洞は八雲坂へ「店の回し者だ」と吐いた。

「いいえ。食べ物を作る人と、正しく苦情を言う人の味方です。嘘を入れた人の味方ではありません」

警察官が赤い髪と動画を証拠として受け取り、店長が請求書へ時刻を記した。

スープから取り出された一本が透明袋へ封じられた瞬間、異物を入れて店を閉めるつもりだった男だけが、系列全店の扉を閉じられた。