鳴らなかった警報

東関工場の大型炉は、十年間で初めて計画外停止をゼロにした。

滝沢信也工場長は本社会議で、自ら導入した予知保全AIの成果だと報告した。開発者の瀬戸口皓介は、資料操作係として壁際に立たされた。滝沢は導入前、「機械の勘は現場の勘に勝てない」と予算を三度止めていた。受賞候補になった途端、開発報告の責任者を自分へ書き換え、皓介には発言を禁じた。

最大の納入先である藤堂産業の兼成専務が質問した。

「先月十四日、炉内圧力が異常域へ入ったのに警報が鳴っていません。なぜですか」

滝沢は顔をしかめた。

「記録上の軽微な不具合でしょう。必要なら調査します」

「不具合なら、なぜ生産量を一二%だけ落としたのです」

滝沢は答えられない。

皓介は、警報を鳴らさなかったのは意図的だと説明した。圧力だけならセンサー汚れの可能性が高い。だが同時に排気音の周波数が変わったため、AIは炉を止めず低速運転へ移行し、保全班へだけ通知した。全面停止なら溶融材料が固まり、復旧に一週間かかる。十二%の減速で、亀裂の兆候が出た弁を交換する二時間を稼いだ。

兼成は頷いた。

「その二時間で、弊社の納期も守られました」

滝沢は腕を組んだ。

「瀬戸口のシステムを採用した経営判断は私です」

兼成は一枚の稟議書を掲げた。滝沢の朱印の横に、太字で「効果不明、導入不要」とある。さらに、皓介が私費で小型センサーを購入し、夜勤班と試験した領収書まで添付されていた。

「私が仕事をしたいのは、異常時に炉を止めなかった瀬戸口さんです。実績が出てから自分の判断にする人ではない」

藤堂産業が提示した長期供給契約は、工場売上の半分を支える規模だった。条件欄には、皓介を設備データ責任者とし、滝沢のシステム権限を解除すると明記されている。

社長は会議の場で承認し、皓介の端末へ全炉の制御監督権を付与した。

その瞬間も警報は鳴らなかった。ただ滝沢の端末だけに、《閲覧権限のみ》という静かな表示が出て、工場中の誰より早く彼の停止を知らせた。