鷺の立つ柿なます
保科礼美は、姉の貴和が作る柿なますが嫌いだった。
嫌いなのは味ではない。正月になると親戚が「お母さんの味を継いだのは貴和だね」と褒めるのが嫌だった。礼美も台所を手伝ったのに、姉だけが家の味を受け取ったように見えた。
姉が亡くなったあと、寺の庫裏を片づけていると、窓の外の池に一羽の鷺が立っていた。水面を動かず見つめる姿が、姉の料理中の横顔に似ていた。
礼美は母の古い献立帳と、姉の小さなノートを並べた。
母の柿なますは、大根と人参を強い酢で締める。姉の頁には、酢を半分にし、蜜柑の果汁を足すと書かれていた。
〈礼美は酸っぱいと眉間に皺。母には内緒。柿は固い方を礼美の器へ〉
礼美は声を立てずに笑った。姉は母の味をそのまま継いだのではなく、礼美のために勝手に変えていたのだ。
大根を細く刻み、塩でもむ。水気を絞る音が、正月前の台所を連れてくる。柿と人参を混ぜ、蜜柑を搾ると、酢の尖りがやわらいだ。
味見をすると、姉のものより甘い。もう少し酢を足し、胡麻を一つまみ。
「これなら、私の味かな」
池の鷺は返事をせず、ゆっくり片脚を下ろした。
礼美は二つの小鉢へ盛った。一つは姉の写真の前へ、もう一つは自分へ。
柿はしゃきりと甘く、大根には淡い酸味が染みていた。親戚の褒め言葉の陰で、姉に向けていた悔しさが、噛むたび少しずつ薄くなる。
「教えてくれればよかったのに」
呟いてから、礼美は続けた。
「でも、私も訊かなかったね」
夕方、鷺は羽を広げ、池の上を白く横切った。庫裏には柿と蜜柑の明るい香りが残り、冷えた畳の上まで、正月の食卓の色が差したようだった。
ノートの次の頁には、礼美が大学から帰る年だけ蜜柑を二個にした、とあった。姉は味を譲り受けた人ではなく、毎年こっそり変えていた人だった。礼美も分量を清書せず、その年の柿の甘さで決めることにする。姉妹の味は、同じでなくてよかった。
帰り際、礼美は姉のノートを風呂敷へ包み、母の献立帳とは別々に持った。二冊を重ねて一つにしない方が、二人の声を聞き分けられる気がした。来年は、自分の余白も一頁ぶん増える。