黄色い在席表示

汐音の社内チャットは、いつも緑色だった。在席、対応可能、問題なし。頭痛があっても、昨夜ほとんど眠れなくても、赤や黄色に変えると誰かを困らせる気がした。明るい声で「大丈夫です」と言えば、仕事は止まらない。

 品質管理室の白石綾女は、無口で表情もあまり変わらない。同じフロアに二年いるのに、汐音は笑い声を聞いたことがなかった。綾女の在席表示はよく黄色になる。「集中」「確認中」「少し遅れます」。それでも成果物は安定していた。

 雨の朝、汐音が緑色へ切り替えると、綾女から個別チャットが届いた。

『今日は一時間だけ、今の速さと同じ色にする』

「色って、気分ですか?」

 綾女は向かいの席から信号の写真を送ってきた。説明はそれで終わった。

 緑色にしておくと、相談の通知が途切れなかった。汐音は一件ずつ応じ、その合間に自分の検査を急いだ。頼られることは嬉しい。けれど、画面の端の緑は、体調ではなく他人の都合に合わせた色になっていた。綾女の黄色は何かを拒む色ではなく、今できる速度を知らせる標識に見え始めた。

 午前の進捗会で、課長が追加の検査を今日中に頼んだ。汐音はいつもの声で「大丈夫です」と答えかける。けれど頭の奥が鈍く痛み、表の数字が二重に見えた。今の自分は緑ではない。赤と言うほど止まってもいない。

 黄色なら、どうなるのだろう。誰かが怒るかもしれない。評価に響くかもしれない。ただ、一時間だけなら戻せる。

 汐音はチャットの状態設定を開いた。黄色い丸を選ぶと、理由の入力欄が現れた。長い言い訳を書きそうになり、消す。

『速度を落として確認中。追加分は明日午前に提出します』

 保存すると、課長から「了解。既存分を優先して」と返ってきた。綾女からは何も来ない。褒められないことが、かえって楽だった。

 会議が終わり、汐音は追加資料を閉じた。机の引き出しから鎮痛剤を出し、水を飲む。

 緑へ戻すまで残り五十八分。彼女はその数字を縮めようとせず、黄色い丸を点けたまま、椅子の背に体を預けた。