黒板の向こう側
教師は、学級がまとまらないのは自分の力不足だと思っていた。
話し合いをさせても数人しか発言せず、行事では同じ生徒が役を引き受ける。
「みんなで」を何度言っても、皆にはならなかった。
教材室で見つけた透明チョークを使うと、黒板を背にしている間だけ、教師の姿が生徒から消えた。
放課後、教師は黒板へ予定を書きながら透明になった。
教室に残る生徒たちは、教師が出ていったと思った。
「また全員参加だって」
「先生、平等が好きだから」
「平等じゃないよ。話せる人が何回も話すだけ」
「黙ってると、やる気ないって言われるし」
教師は振り向けなかった。
振り向けば姿が戻る。
窓際の生徒が言った。
「私、飾り作りならできる。でも会議で言うの無理」
別の生徒は、
「文章なら意見ある」
と答えた。
発言しない生徒にも考えはある。
ただ、教師が用意した入口が声だけだった。
翌日、教師は話し合いの方法を変えた。
最初の五分は全員が紙へ書く。
読み上げなくてもよい。
壁に貼り、賛成する案へ印を付ける。
希望者だけが話す。
意見は以前の三倍出た。
だが今度は、紙を書くのが苦手な生徒が取り残された。
教師はまた落ち込んだ。
放課後、透明チョークで黒板へ、
「何なら参加できますか」
と書き、自分は背を向けた。
生徒たちは、教師が見えないまま自由に答えた。
絵。
手を挙げず二人で話す。
道具を運ぶ。
見ていて、最後に一票だけ入れる。
教師は、全員を同じ形で参加させることを「まとまる」と呼んでいた。
実際には、違う入口をいくつも作る方が手間も時間もかかる。
それでも教室は少しずつ静かなまま動き始めた。
行事当日、窓際の生徒が作った飾りが舞台を埋めた。
文章の得意な生徒が案内文を書き、話すのが好きな生徒が司会をした。
最後まで何もしなかったように見える一人は、撤収時に忘れ物を全部集めた。
教師は透明チョークを使わなくなった。
黒板へ背を向けたまま話を聞く必要はない。
「発言はありますか」ではなく、
「どの形なら出せますか」
と尋ねるようになった。
普段見えなかった本音は、黙っていることではなかった。
見える形を一つしか用意しなかった大人の側に、隠されていた。